カブ吉くん 月まで走れ(小説)-1

2010年7月

 

 関東地方に梅雨明け発表があった翌日、ジョニーは陽炎の立ち昇るアスファルトの道をやや歩調を早めて歩いていた。綺麗な淡藤色のシャンブレーシャツの袖をまくってはいるが、首周りには薄っすらと汗が滲み、額には玉のような大粒の汗が光っている。

 ジョニーは空いている右手でオーガニックコットンのフェイスタオルを使い、額の汗と首筋を二度ほど拭ったあと、それを左手にぶら下げているヘルメットの中に戻した。 

 樹々の緑と建物のバランスが程よい閑静な佇まいの町並みを抜け、そのまま真っ直ぐに行けば駅に向かう十字路を右に曲がると、ようやくその先に目的の店が見えて来る。

 2010年7月15日木曜日の朝である。天気予報では、今日も30℃を越える暑さになる事を伝えている。

 

「おはよう!」ジョニーが爽やかに呼びかける。

「おいおいッ!? どうしたんだ、汗びっしょりじゃねえか! 早く中に入れ!」

調度入庫していた23インチ大径フロントタイヤが特徴的なXL250Sの整備の手を止めて、吉村さんがジョニーを招き入れる。

 ギラギラと強烈な陽ざしの照り付ける外とは打って変わって、照明がおとされて空調の程よく効いた店内は全くの別世界だ。

 ジョニーは店内に入り、大きく静かに深呼吸を一つした。と同時に、吉村さんの81年型CBXの隣にちょこんと並んで止められている僕の事を見つけた。

 

「あれ~、だめだよ~CBXの横にカブ置いちゃ~! シックス・シリンダーだけでも異様な雰囲気を醸し出してるっていうのに、その上マーシャルのW反射だよ~。そんな物を付けたマシンの隣に置かれちゃったら、せっかくの新車が霞んじゃって、もうなんにも目に入らなくなっちゃうじゃん」ジョニーが軽口をたたく。

「な~に言ってんだ。で、ナンバーは貰って来たのか? カブはもう全部出来てるぞ」

吉村さんはにっこりと笑って、ウエスで手を拭いながらジョニーに尋ねる。

「すっごい、いい番号になったよ。はい、これ!」ジョニーは、区役所から貰って来た真新しいピンク色のナンバープレートを吉村さんに手渡す。

「おっ、本当だ、10番じゃねぇか。ファンタジスタだな。まぁ、カブに合うかって言われるとちょっと違うかなって感じはするが、何かやってくれそうな感じがするいいナンバーだ。よし、じゃあさっそく付けるとするかぁ」

サッカー好きの吉村さんはドライバーとスパナを使って、僕に丁寧にそのナンバープレートを取り付けてくれた。

 そのあと二人は僕から離れて、自賠責書類の確認の為に、キャッシュレジスターの置かれた店の奥のカウンターに移動する。

「大きなマシンでもないし高性能なマシンでもないけど、こうやって目の前で新車のカブを見ると、やっぱりなんか嬉しいもんだね」ジョニーが吉村さんに話しかける。

「そりゃ~そうさ、カブだって立派なオートバイだからな~。高速なんかは走れないけど、それ以外は出来ない事は何もないんだからな」吉村さんが返事をする。

「確かにそうだよね~。本当はこれで充分なのかもしれないね……」ジョニーが答える。

 二人はそんなやり取りをしながら、時折ちらりと僕の方に視線を投げかけては、にこにこ笑いながら楽しそうに話しを続けている。

 

 僕とジョニーが初めて会ったのは、まだシトシトと雨が降り続く梅雨のまっ最中だった。あとから知った話だけど、ジョニーは吉村さんに『この梅雨が明けたら取りに来るからね』なんていう、実にいい加減な注文の仕方をしていたらしい。それでも店のご主人である吉村さんが早めに僕の発注を掛けてくれたおかげで、6月の下旬にはもう店の隅っこに僕の居場所が出来ていた。

 そんな梅雨のある日、僕のオーナーになるジョニーがブラっと店に立ち寄った事があった。僕の事をいち早く見つけたジョニーが、

「あれっ? これって俺のカブ?」と吉村さんに問いかける。

「そうさ。どっちにしろ頼むんだから、もう取っちまったんだ。だけど、うしろのキャリヤに付けるビジネス・ボックスなんかがまだ来てないから、仕上げるのはまだまだこれからだぞ」吉村さんが答える。

「ふぅ~ん、そうなんだ……。 俺のカブなんだ……」と言いながら、ジョニーは僕に段々近づいて来た。

 真横に立ったジョニーが一瞬のためらいのあと、そっと僕に触れてくる。ハンドルグリップ、シート、キャリヤ、ヘッドライト、フロント・フォークetc.……。

 スピードメーターを覗いてジョニーが素っ頓狂な声をあげた。

「すげぇ~! まだ、900mしか走ってないよ~、本当に新車だよ~」

大きな声で嬉しそうに吉村さんに話しかける。その言い方は、まるで子供のような屈託のない明るさだ。その声を聞いている僕の方まで、なんだかウキウキとした楽しい気持ちになってくる。それは、『きっとこの人は、本当にオートバイが好きなんだなぁ~』と思わずにはいられないような言い方である。

 それから、実はその時にもう一つ,感じた事がある。それは僕への触れ方が、オートバイという物をきちんと分かった人の、とても丁寧な触れ方だったっていう事だ。

 実際、どんな風に乗って貰えるのかすごく心配だった僕には、その的確な優しい触れ方だけで充分だった。

『良かった! この人ならきっと大丈夫だ!』僕は、確信めいたものを感じていた。

 

 そんなジョニーとの出会いから一週間ほどが過ぎ、梅雨もまだ明けきらない7月初旬にちょっとした事件があった。僕の事を造っている本田技研工業が、『国内で販売するすべての二輪車の価格を、2000年当時の販売価格まで引き下げる方針を明らかにした』という事が新聞の記事になったのだ。具体的には、今後3年間で現状の価格から1~3割程度の値下げをするらしい。ちなみに定番の【スーパーカブ50】 で、約4万円くらいの値下げになるようだ。

「えっ!?」

 このニュースを聞いたジョニーは、激しく動揺をした。それは、もう少し待てば安い価格の車輛が買えるというような、そういうたぐい話しではない。自分が『これだ!』と思ったものが、『また、なくなってしまうかも知れない……』という、数年前に【スーパーカブ90】がカタログから消えてしまった時と同じ不安だった。

 ジョニーはオートバイに乗り始めて何度かツーリング行くあいだに、その楽しさにどんどん引き込まれていった。

 そしてそのツーリングも回数を重ねて行くと、『高速道路はスピードは出せるけど、ツーリングをするなら下道の方が変化があって面白い』だとか、『移動速度が遅い方が、ツーリングの中身が濃くなる気がする』なんていう、自分にとって何が楽しいのかっていう事が、いろいろ分かってくるようになる。

 ライダーそれぞれの感じ方の問題だが、ジョニーは大きい排気量を持つマシンより、パワー的にも劣る小排気量車でツーリングに行った時の方が、なんだか楽しくって充実していてような不思議な気持ちを感じていた。 

 そして、この先も大好きなオートバイでツーリングを続けて行けば、きっとどんどん中距離や長距離のツーリングをするようになるだろう。場合によっては1ヶ月やそれ以上の期間をツーリングしながら過ごすようになるかもしれない。当然、その時の旅の道具は相当な量となるはずである。そうすると、その荷物を載せるマシンの『積載性』はとても重要なポイントとなる。しかし、走る楽しさを考えたら車体は出来るだけ軽くて小さい方がいい……。

 そんな様々なことを考えた結果、自分が最終的に日本一周をするとしたら、そのバイクはやはり【スーパーカブ90】以外に考えられないと思うようになっていた。

 とは言うものの、それが本当に実行に移せるのはまだまだ何十年も先の話しで、『その時にやっている仕事の定年を迎えたあと、一段落ついた時期だろうな……』くらいに漠然と考えていたようである。それに加えて1964年10月の販売開始から、40年以上も連綿と造り続けられていた【スーパーカブ90】が、自分が定年になるまでの間によもやなくなってしまうなんてことは、ジョニーは夢にも思っていなかったのである。

 しかし、その『まさか』が2007年10月の自動車排ガス規制強化のタイミングで突然起こってしまう。当初は、すぐ排ガス規制対応モデルが再販されるという話しもあったが、時間が経過するにつれ、情報がほとんど出てこない状況となり、虚しく不安な時間だけが過ぎていった。ジョニーは,その時の事を瞬時に思い出してしまったのだ。

「また無くなっちまうのか~? 冗談じゃないぜ……」力なくジョニーは呟いた。

 

 今の僕のタイプが売り出されたのは、2009年6月19日である。そこから約一年の間、ジョニーは僕等の事をずうっと気にしながら見ていてくれたようだ。

 雑誌に掲載されている僕等の試乗インプレッション記事や、インターネットでの評判等々……。当然、実車が置いてあれば、不審者と思われない程度に至近距離から観察していたらしい。 

 若い頃は気になる新型車が出るといきなり買っちゃったなんていう事もあったようだが、最近は少し思慮深い所もあるという事を周囲に示しておく為にも、すぐに新しいものに飛びついたりはしなくなったみたいだ。とは言うものの、本当のところは排出ガス規制対応のフルモデルチェンジとなった『スーパーカブ110』の初期トラブルが出切ってしまうのを待っていたというのが、一年近くも注文しないで静観していた本当の理由のようだ。

 そして、何故僕のタイプが無くなってしまって困るのかと言う疑問に対しての答えは、実はこういう事のようである。

 ジョニーは今回購入するスーパーカブ110(僕の事!)で日本一周をする事を、最初からあまり考えていなかったのである。最初のスーパーカブ110は、日帰りツーリングや中距離ツーリングで使用しながら、色々な走行パターンでの装備の過不足とか性能を確認し、足りない所を全て見極めた上で2台目を購入する。そして、それを『スーパーカブ日本一周スペシャル』として作り上げる予定だったのだ。

 何故2台目が必要と考えたのかは、単純な理由である。ジョニーの定年までに1台目(僕の事)は恐らく10万kmを超える相当な距離を走ってしまうだろうし、いくら同じスーパーカブだからと言って、昔の鉄カブのような耐久性をどこまで持ち合わせているかは、その時になってみないと分からない。だから日本一周の長旅に出る時は、新たに2台目を購入して、それで行く方がいいだろうというのがその理由である。

 とは言え、製造メーカーが決定した事に対して個人的な理由でどうこう言っても何も変わりはしないという結論に、さすがのジョニーもそれほど時間を掛けずに到達したようである。

「まぁ、こればっかりは、ぼちぼち乗りながら考えて行くしかないかぁ……」

ジョニーは元気なく呟いた後、その発表記事から目を離した。

 

「吉村さん、最初のオイル交換は500kmでいいの?」

「いや、1,000kmで充分だな。初回点検と同時に変えてやれば、まったく問題ないさ」

「ふぅ~ん、そうなんだ……。でもネットなんか見ると、みんな結構早めに交換してるみたいだよ?」ジョニーは、どっかから仕入れて来た情報を吉村さんぶつける。

「大丈夫! 何も問題ない。ただ、永く乗るんだったら、1回目1,000kmで交換した後は、2,000km毎に交換してやった方がいいな」何十年もカブの整備をしてきた吉村さんが言う。

「取扱説明書だと、3,000km毎になってるよね?」ジョニーはすかさず問い返す。

「取説ではな……。でもジョニーの使い方だと、やっぱり2,000kmだな」自信満々に吉村さんは答える。

 僕は、二人の会話を横で聞きながら、これからどんな風に乗って貰えるのかを、あれこれと想像していた。吉村さんはもちろんプロだし、ジョニーもカブに初めて乗る訳ではない。ただし、三十数年ぶりということではあるが……。

 一般的なオートバイと比べると、僕等の仲間はちょっと変わったグループに属しているのかも知れない。いわゆる、【スーパーカブ】って言われる部類だ。

 方向指示器の操作が右側だったり、フロントサスペンションがボトムリンクだったり、ニーグリップする燃料タンクがなかったり、ギヤシフトペダルがシーソー式で、シフトアップが全て踏み込んでギヤチェンジする事だったり、自動遠心クラッチだったり、ブレーキが前後ドラムだったりetc.……。

 しかし、ジョニーはそんな僕たちの特徴に関して、特段それが『イヤだ』とは思っていなかったようである。それでも新型が約20パーセントも排気量を増やし、フロントサスペンションがテレスコピック式に変わり、方向指示器の操作が普通のオートバイのように左側に移った事は、ジョニーにとって実は大歓迎だったのである。そして、それは彼が考えている『スーパーカブ日本一周スペシャル』というものの、ほぼ理想形に近いものになっていると感じていた。

 

「じゃぁ、貰っていくよ~」

「あぁ、気を付けてな。雨の日の一発目のブレーキングは、フロントがキュッっと効くからな。それだけは注意しろよ!」老婆心ながら吉村さんが声を掛ける。

「そうだったね。了解、気をつけるよ」左手を軽く上げながらジョニーが答える。

 ニュートラルからシーソー式ギヤシフトペダルの前側を一度踏み込む。1速にギヤを送り込んだあと、優しくスロットルを開き、ジョニーはすっと店の前から走り出した。そして、2速から3速、4速と変速をしながらスムーズに加速して行く。その滑らかなライディングに、三十数年ぶりにカブに乗るギコチなさはまるで無い。

「へぇ~、結構トルクあるじゃん♪」 そう呟きながら、楽しそうに加速して行く。

 前方の交差点の信号が、青色から黄色、そして赤色へと変わって行く。ジョニーは、前後ブレーキを程よいバランスで使い、信号の手前でスッと止まる。

 そしてギヤシフトペダルを一回前に踏み込み、ニュートラルを出す。メーター内にグリーンのランプが点灯する。

「カブだわ~」

ジョニーがヘルメットの中で、ちょっと頬を緩めながら囁いた。

 

 その日の晩から、ジョニーと僕の慣らし運転(通称:ゆっくり夜走り)が始まった。

60km/hという上限スピードの制約があるので、他の交通に迷惑にならず、かつ煽られたりしないルートをジョニーが一生懸命考えてくれた。

 ジョニーのライディングは、無駄がなく非常に丁寧である。と言っても、そ~っと走ってばかりいる訳ではない。各ギヤの上限速度の60%くらいまでを使用し、リズミカルに変速しながら夜走りを楽しんでいる。

 エンジンブレーキを目的としたシフトダウンは、慣らし運転の時点ではほとんど使わない。減速は、前後ブレーキをおもに使用する。

 初日は、とにかく全ての操作をゆっくり丁寧にこなし、二日目は、スロットル操作を含めて、少し昨日より早めの操作をする。

 三日目は、操作だけではなく『60km/h巡航の時間を少し長めにとってみる』という具合に、慎重にちょっとずつエンジンと車体にアタリをつけていってくれる。

 

―― そして、一週間後 ――

 

「吉村さん、オイル交換して~」ジョニーは、店に顔を出すなり切り出した。

「何だぁ!? もう1,000km走っちまったのか?」吉村さんがビックリして聞き返す。

「へへっ、毎晩行ってたからね~」嬉しそうにジョニーが返事をする。

「ジョニーも好きだな~。 それで、何か不具合はあったか~?」GB250のクロームメッキ製フロントフェンダーを交換しながら吉村さんが聞く。

「いや、何もなかったと思うなぁ……」この数日間のゆっくり夜走りを思い出しながらジョニーが答える。

「ほう、そうかい……。 ところで、シフトチェンジはまごつかなかったか?」ニヤリと笑いながら吉村さんが問いかける。

「……何で? すごくスムーズだったけど……、チェンジミスもなかったし……」ジョニーは、自分のライディングを思い出しながら、不思議そうに答える。

「ふぅ~ん、大丈夫だったか……。 おかしいな? ジョニーが昔乗ってたカブは、後ろにペダルを踏み込むと1速だったんだけどな?」吉村さんがおどけて言う。

「えっ? ……あっ! 本当だ! そうだよ~、30年以上前の事だからすっかり忘れてたよ~」その事を全く忘れていた自分自身にビックリしたように、ジョニーが声を上げる。 

「昔は、後のペダルを踏み込んで1速に入れてから、前にペダルを踏み込んで行く①⇔N⇔②⇔③っていうシフトパターンだっただろう?」吉村さんは、ジョニーが記憶をたぐるのを助けるように更に続けた。

「言われてみれば確かにそうだったねぇ~、 ……モナカマフラーの頃だよね」ジョニーも大分思い出して来たようである。吉村さんも当時を思い出しながら、

「おっ、そうだったなぁ、 モナカの頃だな~。あの頃のカブ90は速かったんだよな。行灯カブは確か89ccで、今のシフトパターンになったタイプのエンジンとはちょっと違うんだよな~」

 二人はそんな懐かしい時代の話しをしながら、その頃までのカブは後のペダルを踏んで1速に入れて、次に前ペダルを二回踏んで2速、もう一回前に踏んで3速っていう操作だった事を確認しあっていた。

 しかしその古いカブにしか乗った事のないジョニーが、シフトを全くミスなくこなしたというのは、1年間我慢している間に、今の僕の全て前に踏み込んでいくN⇔①⇔②⇔③⇔④っていうシフトパターンを完全に頭にインプットしていたという事なんだと思う。ジョニーはきっと夢の中で、『もう何度も僕に乗ってツーリングに行っていたんじゃないのかなぁ?』なんて気さえしてくる。 ひょっとすると、想像ではもうとっくに日本一周しちゃってるのかも知れない……。

 1978年10月以前のシフトパターンは、一部プレスカブを除いては①⇔N⇔②⇔③のパターンだったので、その時代からカブに乗っている人達は変速操作をつま先でする事が多いらしい。お蕎麦屋さんやお寿司屋さんがサンダルや雪駄を履いて踵を使って変速しようとすると、くるぶしのあたりに怪我をしたりする事もあるので、ほとんどがつま先操作となる。だから、1速に入れるのに後ペダルを踏むのもつま先となる。ジョニーもやっぱりその時代に近いの人なので、後ペダルをつま先で操作する。そのやり方のほうが、『ライディングしている時のリズムがいいんだよな』と、ジョニーは言っている。

 

 吉村さんは、作業と点検が効率よく出来る高さまで僕が載ったバイクリフトを上げる。そして、エンジンの下にオイルトレーをすっと差し入れ、オイルドレンボルトに17mmのメガネレンチを掛ける。軽くトルクを掛けドレンボルトを緩め、オイルの排出が始まったところで、オイルフィラキャップを外す。

 オイルの排出が終わるまでのあいだに、ドライブチェーンカバーを取り外し、ドライブチェーンの遊びを確認する。 やはり新車なので初期のびがあるらしく、吉村さんはリヤアクスルナットを緩めにかかる。 チェーンの遊びを適正値に調整したあと、グリスを丁寧にチェーンに手で塗り込んでいく。そしてリヤブレーキの調整をして、チェーンカバーを元に戻す。

 フロントブレーキ調整、タイヤのエアー圧調整、各部増し締め等をしたあと、シーリングワッシャを新品に替え、オイルドレンボルトを適正トルクで締める。

「オイルは、G2の10W-40でいいな?」一応確認の為、吉村さんがジョニーに声を掛ける。

「そうだね。外気温も高いしG2の40番でいいね」ジョニーも即答する。

 新しいG2の10W-40 800ccが、僕のエンジンに流れ込んでくる。吉村さんは、フィラキャップのレベルゲージでオイル量を確認し、軽く頷いたあとフィラキャップを軽く締め込む。その後、エンジンはスタータスイッチを使って始動する。ホーンと灯火類の点検をしたあと、エンジンの音に耳を傾ける。

 いつの間にかジョニーも吉村さんの横に来て、一緒に僕のエンジンの音を聞いている。

 吉村さんは、二~三回スロットルをひねりながら回転を上下させる。もう一度アイドリング状態のエンジン音を確認して、僕のメインスイッチはオフに戻された。

「エンジンは何も問題なさそうだな」 吉村さんが言う。

「いい感じの音だね」ジョニーが笑顔で返事をする。

どうやら今のところ、僕の慣らし運転はうまくいっているみたいだ。

 

 60km/hで走行している時の僕のエンジン回転数は、4速ギヤで約5,500回転である。この5,500回転というのを各ギヤに当てはめて考えると、1速では約20km/h、2速で約35km/h、3速だと約50km/hくらいの感じになる。1,000kmまでは、各々のギヤでその速度を守りながら慣らし運転を進めてきている。

 そして今日一回目のエンジンオイル交換が終わったので、これからは慣らし運転の第二段階に入っていくようだ。今まで1速では20km/hしか出さなかったところを、25km/hまで引っ張ってみる。そうすると、その時のエンジン回転数は約6,500回転となり、慣らし運転当初から比較すると1,000回転ほど高い回転域まで使用することになる。2速では40km/hちょっと、3速では55km/h強くらいの速度となる。高いギヤだとエンジンに負荷が掛かるので、低いギヤをおもに使用しながらこの6,500回転までの回転域を頻繁に使用して行く。それを繰り返し行いながら、エンジンをどんどん馴染ませて行く。ジョニーに言わせると1,000kmまでの60km/h制限は、やはり走行中に結構ストレスを感じていたらしい。しかし、もう1,000回転エンジンを回せるようになると、4速では70km/h強まで出すことが出来るので、心理的には随分楽になったようである。

 今後は少しずつ走行距離を伸ばしながら、使用するエンジンの回転域の幅を広げていき、3,000km走行時点では8,500回転までを自由に使えるように進めていく計画らしい。そして、そのタイミングで二回目のエンジンオイル交換をして、慣らし運転はほぼ完了となるようだ。

「さぁ、これで益々気持ちよく走れるようになるな~」ジョニーが嬉しそうに言う。

吉村さんがにこにこ笑いながらうなづいている。僕自身も、ジョニーに今迄みたいに走るコースや時間帯に気を使わせなくて済むので、少しだけほっとした気持ちになった。

 その後の10日間も夜間の都内走行がメインという使われ方で、7月は累計走行距離1,476km、平均燃費 約60km/ ℓ を僕は記録していた。

 

2010年7月末現在 

積算走行距離 1,476km(7月参考燃費 60.6km/ℓ)

月まであと、  382,924km