カブ吉くん 月まで走れ(小説)-2

2010年8月(その一)

 

 8月1日 日曜日、今日はジョニーが僕にもっとも期待している役目の一つである、『富士山水汲みツーリング』の第一回目である。

 ジョニーは一年くらい前から、この富士山の湧き水がとても気に入ってしまって、僕の前に乗っていたセロー225でも、毎週この『水汲みツーリング』を実行していたらしい。

 その湧き水はどんなものかというと、『甘く爽やかで、なんとも言えないまろやかな味』がする水なのだそうだ。

 ジョニーの家では、コーヒーやお茶を飲むときだけでなく、ご飯を炊くのにもその『湧き水』を使っている。

 富士山に降った雨や雪が、数十年の歳月と自然のしくみによって濾過されたものであり、富士山の溶岩層によって濾過されたこの水は、多量のミネラル分を含み、特にバナジュームの含有量が多いというのが大きな特徴だ。

 それを飲んだジョニーの家のおばあちゃんが『この水は、私が子供の頃に飲んでいた水と同じ味がするね……』と、懐かしそうにいった一言もきっかけとなり、この『富士山水汲みツーリング』が始まったという話しだ。

 しかし、セローはオフロード車である。リヤキャリヤは付いているものの、シートの傾斜角度がキツかったり、水を積んだ時の重心位置が高くなりすぎる等の問題点もあり、一回に運べる量は最高でもペットボトル12本分(24 ℓ )くらいが限界だったようである。

 そんな過去の状況を踏まえて、ジョニーは今回から出動する僕の場合は『ペットボトル20本分(40 ℓ )くらいは楽にいけるだろう』などと、軽く期待を込めて考えているみたいなのだ。

 だけど、そうは言うものの、僕にとっては『実用車として、当然うまく運ばないといけない……』っていうプレッシャーもあるし、それにしても40 ℓ というのは、考えてみると結構緊張するそれなりの量である。

 

 出発前にフロント1.9kgf/cm2、リヤ2.6kgf/cm2にエアー圧をセットされた僕は、予定通り空のペットボトル20本を積んで早朝5時に走り始めた。

 目白通りを経由して、豊玉陸橋交差点から環状七号線の内回りに入って行く。JR中央線高円寺駅東側のガードをくぐり、青梅街道を陸橋で越え、方南通りをアンダーパスして国道20号線(甲州街道)大原交差点を右折する。首都高速4号線を高架に持つ国道本線に合流し、片側三車線のその道をどんどんと下りこんで行く。

 この時間帯の移動は夏の朝とは言え、日の出からあまり時間が経っていないので空気がそれ程熱を帯びておらず、制限速度+αくらいで走っているのが大層気持ちがいい。

 日曜日の早朝だけあって交通量も少なく、まったくストレスのない走行が出来る。

 環状八号線の陸橋の下をくぐり抜け、世田谷区から調布市へと入っていく。調布警察署の先の、旧甲州街道との三叉路をそのまま道なりに右方向に進み、下石原交番の交差点を左折して鶴川街道に入る。そこから200mほど走り、京王線跨線橋を越え多摩川原橋を渡り、矢野口交差点を右折して今度は川崎街道へ入って行く。大栗橋交差点からは多摩ニュータウン通りを南大沢方面に走り、町田街道にどんと突き当たったらそれを右折し、JRと京王電鉄の接続駅である橋本駅の東側を抜けて行く。その先の国道16号と国道129号の交差点である橋本五差路を、二つの主要国道には入らずに時計の二時方向に右折し、城山ダム方面に進路を取る。ここまで大体1時間40分くらいで走って来ている。

「まぁまぁのペースかな~」まんざらでもない顔でジョニーが呟く。

 どうやら、この先のいつものコンビニエンスストアーで一回目の休憩を取るらしい。

道幅がやや広くなり、左から右へと大きくカーブしながら下って行った左手に、そのコンビニエンスストアーが見えて来た。

 ジョニーは、バックミラーでちらりと後方の確認を済ませる。そして、僕の左ウィンカーが点滅を始めた。

 

「やっぱり、お尻が痛いなぁ……」僕から降りたジョニーが開口一番に嘆いた。

「連続50kmがいいところかなぁ……、でも、それだと前に乗ってたセローとほとんど変わらないんだよな……」

 ジョニーは何年もの間オフロード車に乗っていたので、それなりに自分のお尻には自信があったのだ。しかし、実際にはそれほどでもなかったという事に、いささかショックを受けているようである。 確かに僕のシートは、長距離や長時間走行にはあまり向いていないかも知れない。元々がビジネスユースが前提なので、シート形状や素材がそれ程贅沢に吟味されている訳ではないのだ。 特にその形状に関しては、後ろに荷物を載せるための大きなキャリヤが付いているので、カブ独特の形をしたシングルシートになっている。 だから走行中に微妙に着座位置を変えたりするような器用な真似は、あまり自由に出来ない。

「まぁ、しょうがないなぁ……。セローと一緒で、50km走ったら一回休憩する事にすれば問題はないっていう事か……」

 ジョニーはそんな独り言をぶつぶつ言いながら、僕の後ろに周りリヤタイヤの点検を始めた。僕には標準でセンタースタンドが付いているので、ジョニーは浮かせたリヤタイヤをくるくると回転させながら、異物のチェックをしてくれる。

 ジョニーが僕の前に乗っていたセローはオフロード車なので、サイドスタンドしかない。そうすると休憩中のこういったタイヤのちょっとした点検も、結構手間の掛かる作業となっていたらしい。今までのセローでこういう点検をしようとすると、パンク修理の為に携帯して来ている簡易スタンドをバッグから取り出し、それを右側ステップの下に差し込んで、はじめて後輪を浮かせる事が出来たようだ。

 リヤタイヤの点検が終わったら、今度はフロント側の点検に移る。ここでも僕の特徴が活きてくる。僕の全体の重量は93kgで、前軸重40kg、後軸重53kgとなっている。前後の重量配分は43対57という値になる。通常のオートバイの前後重量配分が、大体52対48から50対50くらいのあいだで設計されている事が多いようなので、いかに僕のフロント荷重が少なく設計されているのかが分かると思う。

 ジョニーはフロントキャリヤの下に手を入れてちょこっと持ち上げながら、リヤと同じようにフロントタイヤをくるくると回転させ異物の確認をする。当たり前の事なのだが、こんなちょっとした点検をするにも、全ての動きが今までのマシンに比べて軽く出来る事にジョニーは少しばかり感動してくれているみたいだ。

 

 点検を終えたジョニーは、ほどよく冷えたミネラルウォーターを喉の奥に流し込みながら、今度はこの先の道の事を考えているようだ。

 津久井湖を抜け、三ケ木の交差点を左折し、青山の信号を右折すると、そこからは山中湖まで信号機がほとんど無い一本道となる。国道413号線、通称『道志みち』というらしい。僕にとっては初めて走る道でだけど、ジョニーにとっては全てのコーナーを覚えているくらいによく走っている道なので、そういう意味では全く心配はない。

 この『道志みち』はジョニーに言わせると、『昔は、今みたいに当然国道になんかになってなくってさぁ、舗装にしたって村役場があったりする集落の部分だけしかされていないような状態で、大部分がダートの道だったんだよね。雨が降った後なんか、水深何メートルあるか分からない――かなり大袈裟な気がする……――ような水たまりだらけの道になっちゃってさぁ……。 だから中央道や甲州街道が大渋滞になっても、一般車はまずこの道に入って来なかったんだよな……。二輪ならオフ車連中、四輪ならジープのような装備をもった車だとか、ラリー車なんかにとっては本当に楽しい抜け道でさ……』

 ジョニーは感慨深げに話しを続ける。『でも、今は普通の道路になっちゃったから、休日は早朝・深夜以外は流れが悪くて、結構疲れちゃうんだよねぇ~』

 そんなこの道に関しての歴史を、吉村さんとジョニーが前に話していたのを僕はよく覚えている。

 

 青山の信号を右折し、少し走ると前方に≪山中湖46km・道志28km≫と書かれた行先案内標識が現れる。片側一車線の道ではあるが、道幅も広く大きなR(半径)を持つコーナーをいくつか通り過ぎ、畑の中の直線を気持ちよく走り抜けて行く。その先の青野原の集落が終わった辺りから、今度は一転して道幅が狭くなり、小さなコーナーが連続して出てくるような道路形状に変わって行く。

 僕はジョニーの正確なブレーキングと的確なシフトチェンジに合わせて、リズミカルにコーナーを抜けて行く。アベレージ速度はそんなに高くならないが、僕向きな道で実に楽しい。信号もまだまだ先の道志の集落のあたりまでは無いようなので、コーナーの曲がり具合や路面状況に集中して走る事が出来る。

 緑が多い山の中の道なので気温も市街地に比べると低く、爽やかではるかに過ごし易い。ジョニーと共に、右へ左へと軽くリーンしながら次々と現れるコーナーを楽しむ。

 そんな楽しいコーナーが続く道も、左側にちょっとした広さの駐車場を持つ店舗を過ぎ、下りながら右から左へと続く複合コーナーを抜けて、久保のつり橋を過ぎたあたりからやや様子が変わって来る。ここから先は、長めの直線にやや大き目なR(半径)を持つコーナーが組み合わされた道へと変化して行く。

 

 久保キャンプ場の入口を過ぎて、ゆるく左から右、そして左へと上ってゆく真ん中の右コーナーでちょっとしたハプニングが起きた。その右コーナーには、グレーチングで蓋をされた幅30cm程の排水溝が横切っている。ジョニーは今まで何度も通過している場所なので、あまり気にもせず軽い減速をしながら僕を左から右にねかし込んで行く。

しかし次の瞬間、

『ガシッ』

っと、リヤショックが底を突く鈍い音を発して、僕は突然大きく宙に浮かんだ――ような気がした? ――。幸い宙に舞い上がった時、ジョニーはすでに次の左コーナーに向けて僕をほぼ真っ直ぐに立て直したところだったので、瞬間的にわずかに左にカウンターを当て、乱れた僕の挙動の収束に入っていく。一~二度『ブルブルッ』っと身体を震わせた僕は、そのままやや強引に左にリーンさせられ、左コーナーをクリアした後、その先のトンネルへと入って行った……。

「やっぱりダメだぞ、このリヤショック……」ため息交じりでジョニーが呟く。

 あまり僕に文句を言わないジョニーも、この時ばかりはさすがに『このままっていう訳には、やっぱりいかないだろうなぁ』と考えたようである。

 この問題は、実はジョニーが僕に乗り始めてから、幾らの時間も経たない内に起きていた。都内の幹線道路を60km/hくらいの速度で四輪車と並走していた時、道路工事中の路面のちょっとした段差に結構豪快に跳ね飛ばされて怖い思いをしていたのだ。

 その時も、『このスピードで、この飛ばされ方はちょっとマズイんじゃないの……』という認識をジョニーは持っていたのである。

直線ならば、その段差を確認した時点で減速し、膝下をクッションに使いながら乗り越えればほぼ問題はないのだが、減速しきれなかったり、コーナーの中だったりすると、それなりに怖い思いをする事になる。

 メーカーの『HONDA』としては、二人乗りをしても問題が無いダンピング性能を確保してある筈なのだが、走るペースによってはちょっと厳しい場合もあるのかもしれない……。

『帰り道は、40ℓの水を積んでるからな。もっと減速して慎重に行かないと、また吹っ飛ばされてドキドキさせられちゃうなぁ……』

 そんな事を思いつつ、トンネルを抜けた先の右コーナーに向けて、スロットルをじわりと開けながら緩やかに僕を加速させて行くジョニーだった。

 

 道志村の役場を過ぎ、集落を抜け暫く行くと、昔よくラリーコースにも設定された道坂峠に上って行く県道24号線と分岐する交差点がある。その交差点を直進して約1.5kmほど行った左側が≪道の駅どうし≫である。しかしジョニーは、余程の理由がない限りここに立ち寄る事はないらしい。その理由は、ここから先には道志村山中湖村の境にある山伏トンネルに向かって、短い距離ではあるが雰囲気のいいワインディングが続いて行くことと、マシンの調子を確認するのにもってこいの直線坂路があるのだ。その為にも、出来れば先行車(特にファミリードライブ中の四輪車)がいない状況で、ここを走りたいと考えているのが、その一番の理由である。

 大概にしてファミリードライブ中の四輪車は、≪道の駅どうし≫に吸い込まれて行く事が多い。この道志みちには、『道の駅』はここしかない。そんな理由もあってか、駐車場がいつも大変混雑している。二輪車にも同じ敷地内に別の駐輪用エリアが用意されているのだが、こちらもやはり同様の混雑ぶりなので、ジョニーは余程の理由がある時以外あえてここを利用しようとは考えていないようである。

 そんな理由もあり、先行車がいる場合はそれらが全部≪道の駅どうし≫に入り、ここで前方がクリアーになってくれる事を、逆にジョニーはいつも願っているみたいだ。

 しかし、今日は早朝5時に出発をしたお陰で、現在の時刻はまだ8時である。いつもより若干早かったのがよかったのか、今日はここまでとても順調に来ている。とは言っても、ジョニーが望むベストな状況とは微妙に異なり、やはり今日も一台の先行車に引っ張られる展開にはなっているのだが……。

 

 しばらく前から僕たちの前方には、目の覚めるような鮮やかな赤色に塗られた四輪車が走行していた。、VWゴルフTSIである。

 ジョニーが言うには、この車は昨年発売されたモデルで、約1.3tのボディーに、ダウンサイジングされた1,389ccの直列四気筒DOHC16バルブSC付きICターボエンジンを載せていると言う事だ。しかしその過給されたエンジンは、約1.4ℓとは言え160馬力という2ℓエンジン並みの出力を発生するように調整されている。

 前後サスペンションは、マクファーソンストラット及び4リンク(共にスタビライザー付)という型式でまとめられ、ブレーキシステムは前・ベンチレーテッドディスク、後・ソリッドディスクという定番装備で決められている。

 そしてタイヤには、225/45R17という扁平率のタイヤが奢られ、それをフロアMTモード付7ATを駆使してドライビングするという車輛らしい。

『……DOHC16バルブSC付きICターボ……、 ベンチレーテッドディスク……、なんだか僕たちの仲間には付いていないものばかりだ……』

と、僕はなんとなく不安な気持ちでその車の後ろを走っていたのだが、ジョニーはあまり気にしていないようである。

 高性能な車輛が遅いペースで走っているところに追いついた時など、ジョニーは法的な制限がないところでは、結構思い切りよくスパっと追い越しをかける。しかし、ただやみくもに追い越しをかける訳ではない。追いついてからしばらくは先行車の走行ペース、ブレーキングやコーナーリングを観察しながら、そのドライバーのレベルを確認する。その結果、追い越したあとに再びその車輛に追いつかれる可能性がないと判断した場合は、安全な場所で速やかにパスする事を選択する。自分のペースがほんの少し早いくらいの微妙な差の場合は、まず積極的に追い越しをかけたりはしない。今日もわずかな走行ペースの違いでこのゴルフTSIに追いついてはいるが、ジョニーは一定の車間距離を保持しながら淡々と追従している。 その理由は、このTSIの初老のドライバーはそれ程速いペースで走行している訳ではないのだが、減速するポイント、トレースするライン、加速のタイミングが絶妙で、後ろを走行しているジョニーにとって全くストレスのない走行が出来ているという事のようだ。

『この人、絶対素人じゃないなぁ。減速のタイミングとライン取りが正確すぎるもんなぁ……』ジョニーは感心している。

 この初老のドライバーは、右コーナーで普通のドライバーのようにセンターラインを軽々しく踏んだりするようなラインを決してとらない。 コーナーを立ち上がった後の直線で素早く加速し、その先の右コーナーの手前で、道路の左側いっぱいに寄せられた真っ赤な車体は、的確なブレーキングの後、その右側タイヤをセンターライン横10cm(概ねクリッピングのあたり)にピタリと寄せて、充分に消音された低い排気音を響かせながら、路面に吸い付いたように立ち上がって行く。

「まだ慣らし中みたいだからいいけど、普通だったら完全に置いていかれちゃうところだろうな……」後方からほぼ同じラインをトレースしながらジョニーが呟く。

 休日の早朝の箱根とか西伊豆あたりに走りに行くと、こういうタイプのドライバーによく遭遇する事があるらしい。だからジョニーは、まだ完全にエンジンのアタリが付いていない僕をそっち方面に連れて行くことはない。もっぱら、奥多摩方面か秩父方面である。

 それでも、うまくて速いドライバーやライダー達に追いつかれてしまった時は、安全な場所で左にウィンカーを点滅させ道を譲る。こういうドライバー達は、しっかり安全確認をした後、速やかにパスして行ってくれるので全く問題がない。

 

 予想はしていたが、やはりゴルフTSIは≪道の駅どうし≫には入らず、そのまま走行を続けた。当然僕たちもそのゴルフTSIとの車間距離を変える事無く、一定の間隔を保ちながら走行を続けて行く。ここから先の山伏峠までの道は、平均斜度約7%の上りワインディングロードとなっている。

 ≪道の駅どうし≫から3km程先、右側に自動販売機と駐車帯があるゆるい上りの左コーナーを、ラインに注意して速度が低下しないように抜けて行く。そして、次の右コーナーもぐっとリーンをしてエンジン回転を落さないようにしながらクリアして、いよいよその長い上りの直線の一本目を上り始めた。

 しかし、ここでジョニーと僕は、そのゴルフTSIに一気に置いて行かれてしまった。直線手前の右コーナーまでは今まで通りの間隔を保ちながらアプローチをして行ったのだが、勾配のきつい上り直線になった途端に、パワーの差で『グイッ!』っと一気に差を付けられてしまったのだ。その直線の勾配は結構きつく、ちょうど僕の2速がふけ切り、3速にシフトアップするのだが、60km/hをキープするのが精一杯なのだ。そこから更に加速して行くだけの力は、今の僕にはなかった。

 ゴルフTSIは、僕たちが二本目の上り直線をのぼり始めた時には、もうその直線を上り切りその先の左コーナーにスッと姿を消して行った。幸い後続車輛がいない状態だったので、僕達は二本目の上り直線も3速60km/hで上り続けた。

 109ccの排気量を持つ僕の力としてはこのくらいの感じだと思っているだが、ジョニーは若干の物足りなさを感じていたみたいだ。まぁ、今日の結果はさておき、今後何度も通るであろう山伏トンネル手前のこの二本の上り直線は、僕のエンジンの調子を図るバロメーターとして絶好の目安になるとジョニーは考えているようである。今後ここで、今日のように60km/hの速度をキープしながら登坂が出来なくなるようであれば、それは、その時点で『このエンジンが本来持っていた初期性能の低下』との判断材料になると考えているようだ。

 

 その後、いくつかのコーナーをリズミカルに通過して、左側に大きな縦型の看板がある右コーナーを抜けて行く。山中湖方面に向かっていると看板の裏側しか見えないので、何が書かれているのか分からないのだが、山伏トンネルから降りて来た車輛達には、道志村の施設紹介が読み取れるようになっている。

 ここまでは、ほぼ3速と4速を中心とした走行だ。しかし、その看板を過ぎてその先の上り左ヘアピンコーナーの手前で、ジョニーは綺麗に回転を合わせながら僕を3速から2速へシフトダウンする。視線はシフトダウンをする遥か手前から、ヘアピンが立ち上がった先の進行方向に注がれている。

――対向車はいない――

 センターライン近くに寄せられた僕の車体を軽く左に倒し込みながら、ラインは車線内でのアウト・アウト・アウトだ――ジョニーは小排気量車でパワーのないマシンに乗ると、このコーナーリングラインをよく使う。考えもなくインに付くと、その上り傾斜にパワーを食われて、立ち上がりにかえって時間が掛かってしまう。対向車がいない時はこのラインがいい―― 。ギヤは2速全開をキープしながら、コーナーをクリアして行く。更にそのまま上り込みながら右から右へと回り込んで行き、道志みち最高地点の山伏トンネルへ飛び込んで行く。

 トンネルを抜けたところで、上を見上げると≪山梨県山中湖村≫の案内標識が目に入ってくる。

「そう言えば、ちょっと前から何だか空気が違うなぁと思ってたんだよ~」と、走りながらジョニーが気持ちよさそうに言う。彼自身も、僕の前に乗っていたセローで4月上旬に来て以来こちらには来ておらず、久しぶりに訪れた山中湖村はもう完全に夏の空気に変わっていたのだ。

 ジョニーは嬉しそうに深呼吸をしながら、僕を左から右へ切り返し、更にもう一度右へとリーンさせながら軽やかに坂を駆け下りて行く。そして、その先の少し半径の小さい左コーナーを抜けた後、再び右に切り返して行くと、突然僕の正面にズドーンとあの『富士山』が巨大な姿を現した。

 僕は、初めてまじかで見る『富士山』のあまりの大きさに本当にビックリしてしまった。この先山中湖湖畔まで行けば、更にすそ野から大きく見えるらしいのだが、もうこの時点で僕はこの『道志みち』の持っている快適性や多様性に驚き、完全に虜になってしまっていた。

 また、興奮しているのは僕だけのようだが、実はジョニーもこのルートがかなり気に入っているようである。特に山伏トンネルを抜けて山中湖村に入り、両側にサッカー場やテニスコートが出てくる辺りから、平野の交差点までの間が堪らなく好きらしい。それも時期的には、夏休みのスポーツ部関係の合宿が始まり、この界隈に男女の学生が溢れ出すタイミングだけは、なにがあっても外してはいけないらしい……。僕には今ひとつよく分からないが、ジョニーはわざわざその光景を見たいが為に、実はしょっちゅうここまで来ていたようなのだ。

『変態?』

いやいや、彼の名誉の為に、そういう断定はよそう。本人も、『青春を謳歌している若者たちを見ているだけで、ものすごいパワーが貰えるんだよね!』などという、もっともらしい言い訳を折角しているのだから……

 

 ここまで来れば、目的地までもう10分ほどの距離である。山中湖湖畔から国道138号線を経由して、ジョニーと僕はその場所に8時30分ちょうどに到着した。往路行程3時間30分(平均時速 約31.5km/h)である。

 ジョニーは空のペットボトルを僕から降ろし、湧き水を汲む順番待ちの列に並ぶ。

順番が来ると、ジョニーは20本のペットボトルに手際よく注水し、詰め終わったボトルを僕のところにドンドン運んで来る。

 20本目のボトルを運び終えると、今度はボトルの周りに付いた水滴を1本1本丁寧に拭き取り、それを6本ずつ内側にビニール袋を入れた2個のダンボール箱に詰めて行く。

 その作業が終わると、今度はその内の1箱とバラ6本をまずリヤ・ボックスの中に格納する。蓋を閉じた後、その蓋の上にダンボール箱が走行中の加減速でズレないようにする為に、スベリ止め加工をした2本の特製ゴム板を進行方向に向かって平行に置く。そして、その上に最後の6本詰めダンボール箱1つを固定する。 

 この箱の固定に使うゴムバンドの張り方も、走行中に簡単にズレないように、前側のゴムバンドは出来るだけキャリヤから垂直にきつめに張るようにする。そして、後ろ側のゴムバンドはやや後方に引っ張りぎみに張る。そうしてやると、ブレーキング時に背中を箱で押されることが少なくなる。ペットボトルの残りの2本は、前かごの中に固定して積載完了である。

 往路でも若干問題があったリヤショックは、この段階でストロークを大きく減らし、前後のアンバランスな姿勢作りに一役買っている。

 余裕があればジョニーは忍野に寄って、大好きな蕎麦を買って帰ろうと思っていたようだが、僕の情けない尻下がりな格好を見て今回はこのまま帰る事にしたようだ。

 ちょうど10時に僕達は、水汲み場をあとにすることが出来た。

 往路に比べ40kg重くなった僕だが、発進からの加速に関しては、特に遅くなったという印象はない。若干、発進する瞬間にもどかしさはあるものの、ちょっと回転が上がり始めて動き出してしまえばいつも通りの加速をして行く。

 どちらかと言えば、僕は素早く回転が上がり下がりするタイプではない。フライホイールが軽く、瞬時に吹け上がるようなエンジンフィールを持っていない事が、逆に印象をあまり悪くさせない事につながっているのかも知れない。1速で発進後、素早く2速へチェンジ。そして軽く2速で引っ張ってから3速へシフトアップ。坂の勾配を見ながら4速へ。このシフトアップの感覚がジョニーの昔の記憶を呼び起こす。

「なんか、まるで大型トラックで荷物運んでるみたいだなぁ~」 ジョニーがヘルメットの中で苦笑まじりに呟く。

「これで毎週来るようになったら、まるでトラックの定期便じゃん」

そんな事を言いながら大笑いしてくれるジョニーのおかげで、僕のリヤショックの性能不足のために迷惑をかけていた気持ちが、少しだけ楽になった。

 

 水汲みツーリングに行ってから、4日後の夜に僕たちは吉村さんのお店にいた。

2,000km走った時点で、もう一回チェーン調整をして、増し締めもするから店に寄るようにと吉村さんから言われていたのだ。

 チェーンは少し伸びていたので調整の必要があったが、ビス・ボルト類のゆるみは発生していなっかった。

「へぇ~、そんなにガツンと飛ばされるくらい突き上げられたんだ……」吉村さんが驚いたように言う。

「そうなんだよ。俺もまさかあのくらいの段差で、底突いて吹っ飛ぶとは思ってなかったから、結構びっくりしちゃったよ……」 二人はこの前の水汲みツーリングの時に起こった、リヤショックの底突きの事を話している。

「帰りも同じルートで帰って来たから、気を付けなきゃって思って、本当にゆっくりコーナーに入って行ったんだけど、それでもやっぱり結構ガツンと来たもんなぁ……。まぁ、確かに40kg余分に積んではいるんだけどねぇ……」ジョニーが状況を説明する。

「それにしても行動範囲が市街地レベルで、通常使う速度域がそれ程高くなければ、ノーマルでも大丈夫なのかもしれないけど、ジョニーのような使い方だと結構しんどいかも知れないなぁ……」吉村さんが難しい顔をして答える。

「たぶん社外になっちゃうと思うけど、もう少しダンピング性能を上げた物に変更する事も考えてみるわ……」

 ジョニーはそんな返事をしながらも、すでに次にどんなリヤショックを装着するのか、大凡の見当を付けていた。

 この時期になって来ると、僕の使用方法(メンテナンス計画含む)も大分構想が固まり、それをまとめたテーマも『 “過剰な整備等をする事無く、スーパーカブ110はどこまでの耐久性を有しているのかを見極める” 』という、いたって『まじめ』なものに決まったようだ。そして、具体的には次のような事が決まってきていた。

 

《使用用途》

1.定期的な湧水の運搬

2.野菜他食料品等の買い出し

3.短距離~長距離のツーリング

4.日常的な使用

《整備計画》

1.ノーマル仕様を基本とする

2.定期交換部品等は、原則メーカーの指示通りとする

3.オプション装着部品に関しては、基本的に純正品以外は使用しない

 

 僕のリヤショックの件は、早速この整備計画に反してしまいそうだが、サスペンションは消耗品であり、まず安全を確保する事が大前提であり、それによってマシンの耐久性等が著しく向上するという訳ではないので、大きな問題はなしという結論になった。

 

 それ以外にも僕のメンテナンスに関しても、具体的な事が決まって来ている。

◎エンジンオイル : (夏季)G2 10W-40 2,000km毎に交換

           (上記以外)G1 10W-30 2,000km毎に交換

◎スパークプラグ : 純正を5,000km毎に交換

◎ドライブチェーン: 注油及び調整 1,000km毎に点検・実施

◎タイヤエアー圧 : 1週間毎に点検・調整

 そんな訳で、僕は普通(実は、結構ハードかも?)に使われながら、長期に渡り耐久性を確認される事となった。でも、僕が調子を維持するのに一番大事な部分を吉村さんとジョニーがしっかり押さえてくれているので、僕は他の仲間たちに比べてもかなり幸せな方なんじゃないかという気がする。

 

(その二)に続く