カブ吉くん 月まで走れ(小説)-3

2010年8月(その二)

 

 僕は結局、8月に合計4回の富士山水汲みツーリングに行った。2回目の水汲みツーリングで3,000kmの距離を迎えたので、そのタイミングで、吉村さんのところでオイル交換と前後のブレーキ調整をしてもらう。

 ドライブチェーンの初期の伸びも止まったようなので、現時点で僕のエンジンと駆動系には何の問題も発生していない。

 しかし、リヤショックはいまだにノーマルのままなので、ジョニーは運ぶ水の量を減らしてみたり、前後の積載のバランスを工夫してみたりしながら、妥協点があるかどうかを探してくれているところだ。

 若干その点が気がかりではあるが、それ以外の部分はほぼ当たりがついたので、ひとまずこれで慣らし運転の第一段階は終了という事となった。

 ここからは、この軽く当たりをつけたエンジンが、よりスムーズに高回転まで回るようにする為に、更にエンジンへの回転負荷を少しずつ高めていく形で、エンジンの熟成は進められて行くようである。

 その熟成方法については、実際それを実践して行くジョニーの説明によると、「これは、1980年から国内四輪ラリー競技の車両規定が変更となり、エンジンに手を入れる事が出来なくなってしまった為に、『じゃぁ、どのようにして、ノーマルエンジンの持っている性能のすべてを引き出すのか?』という最初の問題に対する回答がこれだったってことかな。良いエンジンをつくる為には『慣らし運転と、その後の使用方法が非常に重要である』という、そんな当たり前の事に、再び注目が集まったんだ」っていうのが、理由なのだそうです。

 更にジョニーに聞いてみると、その実際の方法というのは、二輪車と四輪車では、単純に比較してもエンジンの使用する回転域が全然違うので説明が難しくなるが、国内四輪ラリー競技車の場合は車種やエンジンの特性にもよるが、一つの方法として、ある一定の距離までは3000回転以下で慣らし運転を行い、それ以降は、500kmごとに500回転ずつレブリミットを上げていく手法が取られたりするらしい。そして、いずれの方法でも最後はレッドゾーンの手前まで、キッチリと回し込んでやるのだそうだ。

 そうやって仕上げられたエンジンは、低回転から高回転までよどみなく吹け上がり、耐久性にも優れたとても良いエンジンンになるそうである。

 今考えてみると、僕(JA07型)の場合も、確かにジョニーはそうやって乗っていてくれたような気がする。

 1000kmまでは、ジョニーはスピードを60km/hまでにきっちり抑えてライディングしてくれていた。エンジン回転数にすると、だいたい5000回転強だと思う。そして、エンジンオイルを交換してから次の2000kmまでは、瞬間的に70km/hくらいまで出す事もあったような気がする。これは、エンジンの回転数にすると、6000回転強まで回していた事になる。その次のステップでは、4速だとスピードが出過ぎるので、ジョニーは2速や3速をよく使っていたと思う。

 2速で45km/h強、3速で65km/hあたりまで速度を上げると、僕のエンジンは約7000回転前後で回っている事になる。

 きちんとそういう事を考えながらライディング出来るのは、本当にすごい事だと思う。

 確かに、先日、二度目のエンジンオイルの交換をしてからは、そのステップがいよいよ最終段階に入ったのだと思わせるようなスロットルワークを、ジョニーがしている事に気が付く。2速で、55km/hあたりまでキッチリ回し切るそれだ。

 ジョニーや吉村さんのお陰で、僕のエンジンが本当にどんな風に仕上がるのかどうか分からないが、考えただけでもワクワクしてしまう。恐らく5000km時の、三度目のエンジンオイル交換が一つの区切りとなるのかも知れない。そこでは、初めてのスパークプラグの交換もあるはずだ。果たして僕のエンジンはどんな感じになって行くのか、今から楽しみでしょうがない。

 

 それから話しは変わるが、『富士山水汲みツーリング』は、ツーリングとは言っているものの、実は生活必需品の運搬に近いものがある。

 基本的には、その『水汲みツーリング』の翌週に使用される予定水量を運搬すればいいのだが、ジョニー自身に土曜日と日曜日にほかの予定が入っていたりすると、ジョニーは金曜日の仕事から帰って来て、その晩から翌日の明け方にかけて出掛けて行ったりするのだ。

 当然、それは全線夜間走行になる事を意味するのだが、ここで僕の別の問題点がまた一つ見つかる事になった。

 ジョニーが言うには、『ヘッドライトの光量が不足している』と言うのだ。年齢とともに彼の視力が徐々に落ちてきているというのもあるが、それを割り引いても排気量が110ccへとアップして、走行性能が向上し移動する速度アベレージが上がった分に比べ、確かに光量が足りないというのは分かる気がする。 

 僕のヘッドライトは、僕の先輩たちのタイプとは違い『スーパーカブ』としては初めての『マルチリフレクターヘッドライト』という物に変更されている。その性能については、従来の『スーパーカブ』と比べれば確かに明るくはなっているのだが、それはあくまで街の中の使用なら何とか問題なくこなせるというレベルの話しである。郊外や山間部の高アベレージ移動区間では、やっぱり力不足を露呈してしまうのだ。

 

 8月28日(土)~29日(日)の水汲みツーリングは、全線夜間の移動となった。

 街の中の夜間走行では、道路照明や周りのビルや店舗の灯りに助けられてあまり分からないのだが、市街地から離れた場所での夜間走行では、ヘッドライトの性能が非常に重要になる。富士山水汲みツーリングのルート上で言うと、僕の走り抜けて行く街の明るさは、次のように変化して行く。

 環七内回りから甲州街道の下り方面に入り、街道沿いの世田谷区の街並みが終わって、調布市街地から多摩川を渡るところで、まず一段階暗くなる。

 そこから、多摩ニュータウンを過ぎ南大沢を抜け、橋本に差し掛かる頃になると、更にもう一段階暗くなり、その先津久井湖の脇を通り三ケ木から青山の交差点を経由して道志みちに入る頃には、ほぼ真っ暗……、みたいな感じである。

 

 まぁジョニーに言わせると、小排気量の二輪で充分なヘッドライト性能を持っている車種は、ノーマル車では非常に少ないのが現状らしい。だから市街地以外での夜間走行が多く、更に明るさを求めるライダー達は、現状では個別に考えて対応するしかないようである。

 ちなみに小排気量車ではないが、吉村さんの81年型CBXは四輪のラリー車かと思うようなライトユニットに変更されている。それはW反射タイプと呼ばれるもので、レンズ有効径約180mm、上向き用と下向き用にそれぞれ別々のリフレクターとレンズを持つものである。当然バルブも上向き用と下向き用の、タイプの異なる二本を使用するようになっている。そして、そのバルブも現在は両方とも100w以上のものに変更されていて、なおかつ上下同時点灯を可能にした仕様となっている。

そして、吉村さんが言うにはそのライトを全点灯した状態は、

『まぁ四輪ラリー車ほどじゃないけど、CBXのスピードで走るのにも充分な光量が確保されてるってところかな』という、実に羨ましい話しである。

 また、そのライトの名前は『マーシャルW反射インディラリースペシャル』という、知る人ぞ知るラリー関係者垂涎のライトのようで、現在ではほぼ入手困難なものらしい。更にヘッドライトのリレー及び配線関係も全て競技用大容量タイプに変更されており、ジェネレーターで発生した電気を最大限ヘッドライトに向けて供給出来るようになっている。これらは完全に四輪のラリー車を製作する時と、全く同じ手法が取られているということだ。

 しかし、それなら皆こんなライトを付ければいいのかというと、それはそれで、またちょっと別の難しい問題が発生してしまうようだ。

 まず、ライト部品だけ交換すればいいというような、そんな簡単な事では済まされないというのが一つ。充電系統及びリレー含む配線関係も全て交換となる可能性が高い。ライトユニットも、取り付ける為には、要加工となるのは明らかである。当然、お金もそれなりの金額が掛かってくることが予想出来る。

 ジョニーが言うには、そもそもこういう特殊なライトユニットは、夜の夜中に山の中を人に言えないスピードで移動するのが大好きな人達向けの仕様であり、その手の趣味がない人、または発電量に余裕がない車種に乗っている人達は、あえて真似する必要は全くないという事である。

 

 僕のヘッドライトは、標準でレンズ径130mmのマルチリフレクターを使用した12v-35/30wという仕様である。そしてACジェネレーターは、単相交流式で180w/5,000rpmの出力を持っている。ジョニーは今後に予定している追加装備の使用電力の事も考えた結果、発電出力にもあまり余裕がない実情から、当初考えていた補助灯の増設はあきらめる事にしたようだ。もっとも、「これだ!」 と思うような補助灯もなかったらしいのだが……。暫くの間は高効率バルブへの変更のみで、しばらく様子をみる事にするらしい。

 それでも、実現はしなかったが補助灯の増設を考えてしまうあたりが、『さすが元ラリー屋だな』と僕は思ってしまう。現役の頃は、P510型ブルーバード(昭和47年後期型の1600SSS、510型ブルーバードの最終型である)のノーマルライトを全てCIBIE製丸型四灯に交換し、更に同じくCIBIE製スーパーオスカー・スポットを2個増設。そして、バルブを全て100wに変更(6灯を全て点灯すると600w! 当然オルタネーターも強化型に変更)した上で、夜な夜な山の中を走り回っては、悪友ラリー仲間とライト談義に花を咲かせていたらしい。

「おい、ジョニー! 今日の俺のTE27(丸型二灯式の初代カローラレビン・スプリンタートレノの型式名で、セリカ1600GTと同じヤマハ製DOHCシリンダーヘッドを組み合わせた2T-G型エンジンを搭載している)は、ヘッドにマーシャルのW反射入れて来たから、400m先の新聞が楽勝で読めるぜぇ!」と、自信満々に悪友が言う。

「へぇ~、そうなんだ……。俺の510じゃ、たぶん読めないかも知れないなぁ。だって、俺のやつは、全点灯すると400m先の新聞が読む前に焦げちゃうからな~」と、ジョニーがすかさずやり返す等々……。そんなたわいのない会話を楽しみながら、みんなでワイワイとライトチューニングに関しての情報交換をしていたようである。

 実際にその1秒を争う競技の中でも、『テクニックを駆使してコーナーを攻めて1秒を短縮するのも、より明るいライトを装着した結果、スロットルを長く踏み続ける事で縮まる1秒も、同じ1秒に変わりはない』という考え方も、実はしっかりと存在していたようである。

 この時代のラリー競技はほとんどが夜間に開催されていたこともあり、冗談を言いながらもライト照度アップの為のチューニングや使用するライトの選定は、『テクニックが足りない分は、ライトの明るさでカバーする』ではないが、ラリー車を製作する上でかなり重要な項目として考えられていたのである。

 

 僕たちは青山の交差点を右折して、真っ暗な道志みちに入っていった。ちょっと走るとすぐにいつもの≪山中湖46km・道志28km≫の行先案内標識が出て来る。

 前方に先行車はいない。ジョニーはヘッドライト切換えスイッチを前方に押し込み、ライトをメインビームに切り換える。今までロービームでは照らし出せなかった部分が、ぼんやりと闇の中に浮かんで来る。

「やっぱり高効率バルブへの交換だけじゃ、こんなもんかなぁ……。メインにした時に少し照らされたところに芯が出来たのは分かるんだけど、照射範囲も狭いし光量の絶対的な不足もそれほど改善されてないよなぁ……。まぁ、ノーマルよりは少しは走りやすくはなった気がするけど……」期待していたイメージとは、大分違う結果になっているようだ。

 真っ暗な道志みちで、僕の事を走らせながらジョニーは一人でブツブツ言っている。当然ペースはあまり上がらず、いたって牧歌的な移動となる。

 暇なせいなのか、次にジョニーは僕のコンビネーションメータ内に、ハイビームインジケーターランプがない事を気にしはじめた。言われてみれば、確かにそうである。思い起こしてみても、ほかの仲間たちにもあまり付いていたような気がしない。(CT110には、あったかな?)

 僕のコンビネーションメータ内には、三つの表示灯が配置されている。そして、それらは速度計の上に右からニュートラルランプ、PGM-FI警告灯、ウインカインジケーターランプの順に並んでいる。ジョニーは、その三つ目のウインカーインジケーターランプの左側に、もう一つくらい入りそうな微妙なスペースが空いている事を気にしているのだ。ジョニーの指摘の通り、表示灯がもう一つ入りそうなスペースは微妙に存在する。しかし、確かに存在はするのだが、やっぱり、潔くきっぱりとないのだ。

「カブって、相変わらずプロの乗り物って事なんだろうな……。『インジケーター見ないと、自分がメインビームで走ってるのかも分からない人は、まだまだだぞ』って事なのかもしれないなぁ~」 などと言って、「イッヒッヒ!」と笑いながら走っている。

 道志みちがあまりに暗いせいなのか、ジョニーの笑い方が若干ぎこちないのが気になるが、僕たちは一定の速度を守り淡々と進んで行く。先行車にも追いつかず、ほぼ対向する車輛もいないので、僕はメインビームでの走行が中心となる。

 山間部に入ると、路面のアップダウンやコーナー半径の大小に合わせて、ジョニーはライト切換えスイッチを細かく操作しながら、メインビームとロービームを使い分け始めた。それぞれの照射範囲があまり広くないので、それをしないと一定のペースで走り続ける事が難しくなってしまう。道路形状が上りから下りに切り替わる部分を、メインビームで走行していると、下り路面が一瞬見えなくなるとか、上りのコーナーをロービームで入って行くと、立ち上がって行く前方がよく見えないというような状態を回避する為である。

 

 普段と同じように≪道の駅どうし≫を通り過ぎ、その先のワインディングに向かって進んで行く。少しばかりの民家が点在する直線区間が続いた後、左側にキャンプ場が隣接するゆるい左から右へのコーナーの連続を通り過ぎて行く。そして、右側に自動販売機と駐車帯を備えたゆるい上り左コーナーを、いつもより若干浅めのリーンで抜けて行く。僕のエンジンの調子を見るためのバロメーターである、長い上り直線が2本続く場所はもう目と鼻の先である。

 坂の手前のほんの短い直線を駆け抜け、上り右コーナーをエンジン回転を落さないように、ぐっとリーンしながら通過して行く。そして僕は、いつも通り3速6、500rpmくらいで、やや高めの排気音を響かせながらその長い直線を上って行った。

 すると、300mくらい先の路上に、小さく『キラッ』っと光る数個の点が浮いているのが目に入ってきた。ヘッドライトは、まだロービームのままである。

 ジョニーが少しの間をおいた後、ライト切換えスイッチをメインビームに切り替えた。

 

『……鹿だっ!』  

 

 闇の中、僕のメインビームの中に何頭かの鹿がぼんやりと、しかし確実に浮かび上がった。敏感な鹿たちの事だから、大分前から僕の排気音には気が付いていたはずである。

 鹿たちはピクリとも動かずに、こちらを凝視している。

 

――ジョニーはスロットルを緩めない――

 

 僕はほぼ回転数を変えず、乾いた排気音を響かせながら、その上りの直線を鹿たちに向かってずんずんと進んで行く。

 もう、はっきりと彼らの事を識別出来る所まで近づいて来ている。

『4頭いる! どうするのジョニー?』僕は思った。

 

――しかし、ジョニーにスロットルを緩める気配はない――

 

彼らとの距離がいよいよ100mを切ろうとしたその瞬間、僕に一番近い位置にいた鹿がすっと動く。

 

――スロットルはまだ開けられたままだ! ――

 

 次の瞬間、残りの鹿たちが一斉に最初に動いた鹿の後を追う。

 

――数秒後、ジョニーと僕は若干の減速をしながら、鹿たちのいなくなった場所を慎重に通過して行く――

 

「ふぅっ……」ジョニーは大きくため息を一つついた。

 昼間の移動中に彼らと遭遇する事はまず無いのだが、それが夜間になると一変するらしい。この道志みちもそうだが、青梅から塩山に抜ける国道411号線の柳沢峠付近でも、近年彼らと出遭う確率は非常に高いようである。

 ジョニーは前に乗っていたセローで夜中に柳沢峠を越えて塩山に向かっている時、道路脇から飛び出してきた鹿と危うく接触しそうになり、肝をつぶした事があると言っていた。その時は、峠から塩山の街に向かって大分下って周囲に民家が点在し始めたあたりだったので、もう大丈夫だろうと安心したところに不意打ちを食らい、かなり慌てたようである。

 体長は僕より一回り大きい感じで、体重もほぼ僕と同じ100kgくらいはあるだろう。 もし走行中にぶつかれば、お互いにかなりのダメージを受ける事になるはずだし、特に僕に乗っているジョニーも無事でいれるのかどうか分からない……。夜間にこの地域を移動しなければならない時は、そういう事も念頭に置き、本当に注意して走らないと危険なんだと言う事を僕は肝に命じた。

 

 しかし、幸いなことにその後は鹿との遭遇もなく、ジョニーと僕は山伏トンネルをくぐり、山中湖畔を通りぬけ、ご来光を見る為に富士山の頂上を目指す登山者のヘッドライトの長い列をみながら、無事にいつもの水汲み場に到着した。

 さすがに、昼間に比べてこの時間帯にここで水を汲んでいる人達は少ない。でも、全くいないという訳でもないところが、それはそれで凄い事かも知れない。

 この時も横浜ナンバーのワンボックス車と、山梨ナンバーの乗用車がすぐそばに停まり、二人の男性がポリタンクやら、4ℓの焼酎の空ペットボトルなどに水を汲んでいた。

 逆に、大量の水を汲む人達にとっては、この時間帯の方が混雑が無くていいのかも知れない。そんな光景を横目に見ながら、ジョニーも僕から空のペットボトルを降ろし、空いている給水管の前に運び始めた。

 水汲み作業は順調に進む。ジョニーは水を汲んだペットボトルの外側に付いた水を、いつも通り一本々々タオルで丁寧に拭き取り、ダンボール箱に再梱包する。その箱を僕は、来た時と同じように再び積み込んだ。そして、僕たちは午前2時30分にその場所を出発する。

 

 この時間帯に再び走行するということは、復路もまた、暗く視界の利かない状態で『鹿』たちの活動エリアを通過しなければならないという事である。

 僕の重量も、水を積んでいる分の約40kgほど重くなっている。

 タイミング悪く飛び出されたりすると、恐らくその時の緊急対応は、いつもに比べて間違いなくうまくいかない可能性が高い。

 

「ゆっくりでいいから、ほんとに気を付けて帰ろうな」ジョニーが僕に声をかける。

 

それにうなずいた僕は、『ブルッ!』っと一度身震いをした後、真っ暗な国道に再び飛び出して行った。

 

2010年8月末現在 

積算走行距離 4,503km(8月参考燃費 63.37km/ℓ )

月まであと、  379,897km