スーパーカブ 耐久チャレンジ

JA07型スーパーカブの耐久性を検証するブログです。

2011年 カブ吉くん走行データをアップしました

 

日本海往復日帰り600kmツーリング実施】

 

 皆さんこんにちは、スーパーカブ耐久チャレンジの管理人です。

 

 2011年3月11日(金曜日)14:46 

 宮城県牡鹿半島の東南東約130kmの三陸沖深さ約24kmを震源とする巨大地震が発生しました。この地震の激しい揺れは、東北地方の太平洋側を中心に宮城県北部の栗原市で最大震度7を記録した他、宮城県福島県茨城県、栃木県で震度6強の揺れが観測されました。

 ジョニーさんとカブ吉くんは、この時ちょうど東京の墨田区両国にあるジョニーさんの仕事先にお邪魔しており、ここで震度5強の揺れを体感しました。お邪魔していた会社の目の前にある首都高速7号線の高架道路がグラグラと揺れ動き、その道路のつなぎ目から『ガシャーンガシャーン』と大きく不気味な音を発しながら、今にも崩れ落ちそうに感じたことをジョニーさんは忘れる事が出来ません。

 そして、この巨大地震の強い揺れは、日本列島のほぼ全域で観測され、鹿児島市小笠原諸島の父島や母島でも震度1を観測する事となりました。この地震で揺れを観測しなかったのは、沖縄県のみという状況でした。

 更にこの地震は、激しい揺れだけに止まらず、15mを超すような大津波をも引き起こし、その津波青森県から関東地方の太平洋側に押し寄せたのです。

 この揺れと津波による被害は、宮城県岩手県福島県を中心に大きな爪痕を残すこととなりました。特に福島県双葉郡大熊町にある『福島第一原子力発電所』が、地震から約1時間後に襲った大津波によって原子炉を冷却するための交流電源を全て喪失し、最終的には炉心溶解から大量の放射性物質の漏洩につながる重大な原子力事故へと進んでしまい、日本にとっては終戦以降の歴史の中での未曾有の大惨事となりました。

 この巨大地震は、発生当初『平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震』と気象庁命名したのですが、約三週間後の4月1日に日本政府は持ち回り閣議によって、この地震津波による災害及びこれに伴う原子力事故による災害を『東日本大震災』とすることを了解し、発表しました。また、地震の規模を示すマグニチュードも、『9.0』となり、日本周辺における観測史上最大の地震となりました。

 

 ジョニーさんとカブ吉くんは、この年の5月の連休に紀伊半島方面にこのコンビとして初めて中距離ツーリングに行く計画を立ていたのですが、震災復旧の関係でジョニーさんは連休中も仕事をするようになってしまった為に、その計画は残念ながら実行には至りませんでした。

 しかし、すでにカブ吉くんのツーリング装備は、そこそこに出来上がっているのです。行く気満々の二人の気持ちにいつまでも蓋をしておく事はできません。

 でも、そんな二人ではありますが、『東日本大震災』で被災した人々の事を考えると複雑な想いが沸々と湧いて来るのでした。

 そんな状態のジョニーさん達だったのですが、6月に入るととうとう我慢が出来なくなったのか、ジョニーさんは仕事の合間を縫ってちょこちょこと走りに行くようになりました。

 まずは、冬の間はお休みをしていた富士山の麓への『水汲みツーリング』が復活出来るのかを確認する為に出掛けて行きました。しかし、その水汲み場でジョニーさんの目の前に広がっていた光景は、原子力発電所から漏洩された放射性物質の影響を出来るだけ受けていない『きれいな水』を求める人々の長蛇の列でした。

 ジョニーさんも、せっかく水を汲みに来ているのですから、仕方なくその四列に分かれて並んでいる内の、ひとつの列に並びましたが、最終的に水が汲み始められたのは、その列の最後尾に並んでから実に一時間三十分後の事でした。

 誰もが汚染されていない『きれいな水』を欲する気持ちは分かります。ジョニーさんのところでも、息子さんの隼人君がまだ幼いので、『きれいな水があればありがたいな』と考えていました。

 それからというものは、ジョニーさんの奥さんの願いもあり、ジョニーさんとカブ吉くんのコンビは、水だけではなく『汚染されていない食物』を求めて、あちらこちらへと買出しに飛び回る事となりました。

 神奈川県以東では入手することが難しい『静岡県以西の野菜や果物』も、山梨県まで足を延ばすと比較的入手することが出来たりします。野菜をたくさん積んで走るカブ吉くんの姿を、ジョニーさんは頼もしくもあり、嬉しくもあり、優しいまなざしで見つめながらライディングするのでした。

 

 9月に入り、夏休みもあまり休暇が取れなかったジョニーさんは、やや夏バテ気味の日々を過ごしておりました。

 そんなある日、たまたま思い出して口ずさんでいた中川イサト氏の『お茶の時間』というアルバムの中に入っている『その気になれば』という曲に,思い切りジョニーさんは覚醒させられてしまったのです。

 この曲の歌詞の中にある、

「その気になりさえすれば、夏の終わりの海が見られるのに……。その気になったら、夏の終わりの海にいられるのに……」

という、自分のグズグズさに決別する為のフレーズと、それをさらに後押しする大貫妙子さまの女神のようなバッキング・ボーカルが頭の中で渦をグルグルと回り始めました。こうなってしまっては、もう誰にも止める事は出来ません。

 9月18日(日曜日)早朝5時からジョニーさんとカブ吉くんは、『日本海往復日帰りツーリング』という約600kmを走行する予定のツーリングに出発しました。

 ルートに関しては、練馬から国道17号線を使って新潟県の石打まで走り、そこからは国道353号線で柏崎を目指すというシンプルなものです。

 しかし、『東日本大震災』は、日本海側の新潟県にもしっかりと爪痕を残していました。国道353号線が途中から土砂崩れの為に通行止めになっていたのです。しかたがないので、国道253号線をさらに西に迂回して進みます。そして、浦川原の駅を右手に見ながら、その先の県道61号線に右折して入り、柿崎に目的地を変更することになりました。

 その後、県道を30分弱走行し、12時ちょうどに柿崎の海岸に到着することが出来ました。久しぶりに見る日本海に、『その気になった』ジョニーさんはご満悦です。

 帰り道は、柿崎から今度は県道30号線を使い新井まで行き、そこから国道292号線を走ります。そして飯山を抜け、国道最高地点の渋峠を越えて草津を経由して長野原から中之条と廻り、渋川から国道17号線に再び入り練馬へ戻るルートになります。三連休の中日だった事もあり、草津のあたりは大渋滞でしたが、この年に行ったツーリングの中では、一番印象に残ったツーリングとなりました。

 

【年間走行距離】 21,907km

【年間平均燃費】 59.40km/ℓ

                                   管理人

 

f:id:cub-taikyu:20180911190015j:plain

f:id:cub-taikyu:20180911190030j:plain

f:id:cub-taikyu:20180911190050j:plain