スーパーカブ 耐久チャレンジ

JA07型スーパーカブの耐久性を検証するブログです。

カブ吉くん 月まで走れ(小説)-5

2010年10月

 

 10月に入った途端、山中湖周辺は一段と気温の低い日が目立つようになってきた。この時期の山中湖村の平均気温は11℃くらいで、東京の平均気温である20℃と比較すると、温度差は9℃前後にもなるそうだ。

 月が替わって2回目の水汲みツーリングの時に、ちょっとした事件が起こった。

その日は東京を出発する時間が午後からとなり、しかも天候は雨という具合で、あまりいい条件での水汲みツーリングではなかった。

 また、土曜日の午後になってからの移動という事もあって、思いのほか市街地の通過に時間が掛かり、いつもの富士山の湧水場に着いた時にはもうとっぷりと日が暮れてしまっていた。

 しかし、そんな状況ではあったが、この天候と到着した時間帯が遅かった事が幸いしたのか、湧水場の週末の混雑はまったくなかった。

 ジョニーは、いつも通り湧水を手際よくペットボトルに汲み、それを小分けにして、走行中にズレが発生しないように注意しながら、キッチリと僕に積載する。

 そして、雨中走行用の身支度を再び整えたあと、僕たちは慌ただしく水汲み場を出発した。時刻は、午後7時を少しまわったところだ。

 

 雨はどしゃ降りではないが、それなりの強さを持ってしっかりと降り続いている。いつもどおり忍野を抜けて、昔は富士周辺のラリーやダートトライアル競技の打ち合わせでジョニー達が良く利用していたという喫茶店『スウィート・メイプル』の前を通り過ぎ、山中湖の湖畔の道にどんと突き当たる。

 視界の悪い中ではあるが、左右をしっかりと確認した後、左折して湖畔沿いの道を走り始める。2速、3速、4速と軽快にシフトアップをして、僕たちは50km/h強でクルージングに入って行く。

 しかし、その数秒後、いきなり後方から、四輪車の強烈なメインビームで僕たちは照らされる事となった。

 ジョニーと僕が湖畔の道に左折して入った時には、僕たちの後ろに四輪車は全くいなかったので、恐らく国道138号線の明神前の交差点から入って来た車輛である可能性が高いと思われる。

 僕たちとの車間距離は、ちょうど200mくらいかもしれない。しかし『スーパーカブ』には四輪車のような防眩ミラーの装備はないので、僕のバックミラーに映る後続四輪車のメインビームの照射は、正確に反射してジョニーの目を直撃する。

 そして、その強烈な光は、ヘルメットのシールドに付いた雨の水滴に乱反射して、ジョニーの視界を一気に奪っていくのだ。

 通常であれば、後続車は自分の前方を走行する車輛を確認した時点でロービームに切り換えるはずなのだが、後続車のドライバーはそのままメインビームの状態で走行を続けている。

「なにやっちゃってくれちゃってんのかなぁ~」ジョニーは、ムッとしながら呟く。

 そして、次の瞬間スロットルがじわりと開かれた。

『メインビームで走行をしている割には、そんなに近付いて来ないってことは、たぶん、普段あまり乗らないサンデードライバーかなんかなんだろうなぁ~。 ひょっとしたら、自分がメインビームで走行しているのも、気が付いてないのかも知れないなぁ……』

 そう判断したジョニーは、その後続車を引き離しにかかる。しかし、僕のバックミラーに映る後続車のメインビームの光の点は、幾分小さくはなったものの、その眩しさはあまり変わらない。

 後続車との車間距離が若干ひらいて来たところで、運良く前方から来た一台のワンボックス車とすれ違った。すると、数秒後に後続車のメインビームがようやくロービームに減光された。

「よかった! やっと気が付いてくれたよ~」

 ジョニーはそう呟いた後、ほっとしてスロットルを若干ゆるめた。しかし、その安堵感はほんの少しの時間しか続かなかった。対向車とすれ違った後続車は、次の瞬間またヘッドライトをメインビームに切り換えたのだ。

 これには、ジョニーもさすがにカチンと来たようだ。

「何だよ! 俺が前を走っているのを判っててメインビーム使ってたんだ!」

僕のギヤは、いきなり4速から3速にシフトダウンされる。そして、グイっと先程より大きくスロットルが開かれた。

 ジョニーは僕を左側車線の中央に乗せながら、路面状況を確認しつつどんどん加速させて行く。

 ジョニーは路面が乾いている時は、異物を踏む事を避けるために前走車(四輪)の車輪が通るラインや轍の中を走っている事が多いのだが、雨天の走行時は逆に轍を外して走っている事の方が多い。

 そうしてやると、水跳ねも抑える事が出来るし、轍に溜まった水の抵抗を受けないで済むようになるので、その方がマシンのスピードを維持しやすくなるのだ。パワーの少ない小排気量車には、とても有効なテクニックである。

 

 コーナーを抜けて直線になったところで、僕のバックミラーはジョニーの手でぐいっと向きが変えられた。そして、雨に濡れた路面のグリップを確かめながら、スロットルは更に開かれて行く。

 ジョニーはこの先の平野の交差点を左折するタイミングで、その後続車を振り切りたいと考えているようだ。

 天神社前の下り左コーナーを通過して、次の右から右へと曲がりこんで行くコーナーを、マンホールの位置に注意しながら慎重に走り抜けて行く。

 すると、その先に平野の交差点の信号が見えたきた。

「青だ!」

 そして、ジョニーがスロットルをもう少し開けようとした瞬間、無情にも信号が青色から黄色に変わってしまう。交差点までは、まだ100mくらいの距離を残している。

「だめだ、間に合わない……」ジョニーが力なく呟いた。

 降りしきる雨の中、信号は黄色から赤に変わり、僕たちの走って行く路面をぼんやりと赤色に染めている。

 減速して信号手前の停止線で停車していると、しばらくして問題の後続車が近付いて来た。そのドライバーは何事もなかったかのように、そのまま僕たちの後ろに停車する。多摩ナンバーのグレーのセダンである。

 この先、交差点を左折した後も同じ事をされては堪らないと思ったジョニーは、そのセダンのドライバーに一言文句を言うつもりだ。僕のサイドスタンドがいきなり降ろされた。

『あっ! ジョニーだめだ!』

 しかし、僕の叫び声は当然ジョニーには聞こえない。

 僕の車体は左側に傾けられ、サイドスタンドに全車重が掛かる。ジョニーはさっと僕から降りると、後続車両のドライバーのところに向かって歩き始めた。

 道路上に残された僕は、若干の時間をおいてサイドスタンドを支点として、まず水をたくさん載せている後輪側がゆっくりと内側に倒れ込んで来る。次に、ほぼそれと同時に前輪が道路から離れて右側に徐々に浮き上がって行く。そして、僕は冷たい道路の上に、車体の左側から倒れて行った。

「ガシャン!」

 その音に気付き、振り返るジョニー。

『やってしまった……』という悲しそうな目をして、僕を見つめている。しかしジョニーは僕のところには戻らずに、後続車両のドライバーの所へ行き、二言三言クレームをつけている。しかし、きっと普段あまり運転をしないサンデードライバーなのだろうか、その運転手はソッポを向いたきり、窓も開けなければ返事も謝罪もしないようだ……。

 そんな奴にこれ以上文句を言ってもしょうがないと思ったのか、ジョニーはすぐに戻って来て僕を起こして道路の端に寄せた後、今度はしっかりとセンタースタンドを使用して立たせてくれた。

「カブ吉……、ごめんよ~。やっぱり短気は損気だな~」ジョニーは僕の損傷具合を急いで確認して行く。フロントキャリヤに取り付けてあるカゴの左側がかなり変形していて、リヤのビジネスボックスの左側面に擦り傷が出来ている。それから、ハンドルの左端に付いているハンドルバーウエイトにちょっと傷が付いてしまっている。しかし、意外なことに、それ以外のところは何も損傷がみられない、なんとか大丈夫そうである。

 僕は傷のついた三点で自分を支えていたようで、走行に支障の出るウインカーライトの破損がなかった事は、正直ジョニーもビックリしていた。

 僕のサイドスタンドは、左ステップの後ろ側に溶接されたステーに取り付けられている。位置的には車体のほぼ中央に付いてはいるのだが、僕の車体自体の重量配分は43対57で完全に後ろ寄りである。サイドスタンドで支える事の出来る荷重バランスが、取付位置が中央の為、前後均等にならないのだ。だから車体後部に重い物を積んだりすると、スーパーカブ110プロと違って、車体後部から内側に倒れ込んで来てしまう事になる。ジョニーも僕と数か月過ごしていた中でそれが充分に分かっていただけに、かなりの自己嫌悪を感じているようだ。

 その後のジョニーは、相変わらず視界の悪い雨の中だったが、とても丁寧に僕を乗って帰って来てくれた。しかし、家に着くまでの道中は終始無言であった。

 午後11時過ぎにようやく自宅に到着し、僕からペットボトルを全部降ろした後、車体全体をウエスで綺麗に拭き上げくれる。

 そして、車体カバーを掛けながら「カブ吉、今日は痛い思いをさせてごめんよ……」と、もう一度だけ声を掛けてくれた。

 

 結局、10月の水汲みツーリングは最終週を除きながらも、合計で5回となった。

そして、今月は走行距離を稼ぐ中、メンテナンス関係や装備の追加にも大分変更があったので、ここにお伝えしておく。

 その内容は、下記の7項目である。

 

1.ドライブチェーンの給脂を、グリスからオイルに変更

2.フロントバスケット交換(容量アップ)

3.ハンドルカバー取付け

4.リヤタイヤ交換

5.オイル交換(G2→G1に変更)

6.リヤクッションユニット交換

7.プラグ及びプラグキャップ交換

 

そして、更に各々の詳細は下記の通りとなる。

 

1.ドライブチェーンの給脂を、グリスからオイルに変更

今までは吉村さんが整備に入るたびに、グリスをチェーンに摺り込んでくれていたのだが、今後は40番のエンジンオイルを使用して、メンテナンスして行く事に変更した。その結果、非常に後輪の回転が軽くスムーズに回るようになった。給油のタイミングは、とりあえず1,000km毎を基準としていく。

2.フロントバスケット交換(容量アップ)           

先日の転倒で破損したフロントバスケットを交換する。同じものではなく中型バスケットに変更したので、容量が11ℓから17ℓにアップした。

3.ハンドルカバー取付け

ハンドルカバー前側のほぼ中央部分に、ウィンカーライトがちょうど飛び出るように加工されている定番のヤママルトを装着して貰う。

4.リヤタイヤ交換

純正のIRC NR6が9,000km使用した後、スリップサインが出たので交換となる。

新タイヤは、ダンロップDL107(2.50-17 4PR)を使用する。

5.オイル交換(G2からG1に変更)

前回交換から、走行2,000kmを越えたのでオイル交換を実施。外気温も下がったのでG1(10W-30)に変更をする。

6.リヤクッションユニット交換

10,000km近く走行しながら、なんとかノーマルで行けないかと試行錯誤を繰り返したのだが、結局ジョニーがライディングする状況との妥協点を見い出すことは出来なかった。その為、社外品ではあるが、新目白通り沿いにあるスーパーカブ系の部品を多種販売しているショップで扱っている、クッションユニットを装着する事となる。

 しかし、このクッションユニット交換は大正解で、僕の走行性能を飛躍的に高める結果となった。通常はスプリングを最弱の状態にセットしておけば、それだけで十二分に腰のあるライディングが出来るようになった。そして約40kgの積載になる水汲み時には、やはりスプリングを3段目にセットしておけば、ダンピング性能に何の不足も感じることはない。もはやスーパーカブの乗り味と言うよりも、どちらかと言えば普通のオートバイに近い乗り味――それがスーパーカブとして良いのか悪いのかは、また別の問題だが――だとジョニーは言っている。そして、常識的な速度で走行している限りギャップで飛ばされる事もほとんどなくなり、コーナーリング中に腰砕けになってしまうという事態も発生しなくなった。

『長距離ツーリングでの積載の事を考えると、カブ110にはこのくらいのダンピング性能で調度いいんじゃないのかなぁ……』と、ジョニーはほぼ期待通りの感触を得ているようだ。

7.プラグ及びプラグキャップ交換

前回交換から、走行5,000kmを越えたので定期交換となる。種類は同じく純正デンソーである。またプラグ交換の際、プラグキャップに若干の不具合が出ていたようで、吉村さんが大事を取って新しいプラグキャップと交換してくれた。

 

 残暑が厳しかった9月から、どんどんと気候が秋の気配に変化していった10月だった。そして僕の装備やメンテナンスにしても、毎日走って行く中でいろいろな部品の交換や整備方法の変更があり、実に変化の多いひと月だったような気がする。

 そして走行距離は、もうあと一息で1万キロに手が届くところまで来ている。ジョニーや吉村さんは、このくらい走って来ると、ぼちぼちエンジンの方にも当たりが付いて来る頃だと言っていた。 

 そう言われてみると、確かに僕のエンジン音は少し変わったような気がする。新車の時は、明確なパルスを刻みながらも、まだどこかしら金属的な硬い感じの音色だった。でも、今はその金属的な硬さが、幾分柔らかくなった感じの音色に変化しているような気がする。単気筒110ccの明確なリズムはもちろん変わらないが、エンジンの回転自体は、明らかにスムーズになっているのが分かる。なんだか不思議なものである。一つの工業製品である僕が、ジョニーや吉村さんの手によって、段々と状態が変化していく。

 単純な工業製品っていうのは新品のコンディションが最良な物がほとんどだと思うけど、自動車やオートバイのように機械的な部分が複雑に結合しているものについては、根本的にそういう製品たちとは違う物なのかもしれない……。

 そう言えばジョニーが『ギターは新品のうちは余り鳴らないんだけど、毎日々々弾いてやってると、どんどん鳴るようになって来るんだ。カブ吉も毎日乗ってるせいなのか、ギターと同じで、フィーリングがずいぶん良くなって来た感じがするよ』なんて、吉村さんに嬉しそうに話してくれていた。

 でも、『毎晩カブ吉と出掛けるようになっちゃったから、好きなギターを弾いてる時間が取れなくなっちゃったけどね』などと、吉村さんにこぼしていたのも事実である。

 しかし、そんなジョニーは最近の自分の楽しみをほかの人に伝える時に、こんな風に言ってくれる事が多い。これは、僕がことのほか嬉しい瞬間である。

 

『最近ハマってること? ここんとこ、ずうっとバイクとギターかな……。いい歳して、まるで高校生みたいだよ。 えっ、バイク? スーパーカブの110さ。これが、実に良いんだよ』

 

2010年10月末現在 

積算走行距離 9,986km(10月参考燃費 58.07km/ℓ)

月まであと、  374,414km