カブ吉くん 月まで走れ(小説)-10

2011年3月 (その一)

 

 3月の第一週は、2月末に降った雪の影響もあって、あまりすっきりとした天候とはならなかった。それでも、週の後半になってやや持ち直しはしてみたものの、立春から約1ヶ月を経過しているにもかかわらず、平均気温で6℃前後の寒々とした日々が続いていた。

 そして、第二週の月曜日もあいにくの雨のスタートとなり、翌日の3月8日火曜日になってようやく晴れ間がのぞきはじめるという具合だった。

 

 そんな中、その火曜日の昼過ぎに、珍しくジョニーの四十年来の親友の田中が、電話を掛けてよこした。

 

『もしもしジョニーか? おまえ、明日時間とれないか?』と、いきなり切り出す田中。

 

「どうしたんだ突然に……。なんかあったのか?」ジョニーもぶっきらぼうに返事をする。

 

『もし時間がとれるんだったら、一緒に蒲田のバイク屋にR80を見に行かないか?』

 

「R80……、BMWか?」ジョニーは少し顔をほころばせながら答える。

 

『そうだ……、ちょっといい出物があってな……』田中の声からは、いい歳したオッサンが出来るだけ抑えようとしているのは分かるのだが、それでもワクワク感に胸をふくらませている感じが伝わってくる。

 

≪こいつも、昔と何も変わっとらんなぁ≫

そんな田中に、嬉しさと安心を感じながらジョニーは返事をする。

 

「分かった。ちょうど明日は立川にいるお袋のとこに用事があるんで、午前中は休むつもりでいたんだ。でも、その後にR80を見に行くとなると……、そうしたら、半日休みを一日休みに変えて、そのまま付き合ってもいいぞ」ジョニーは、ほぼ二つ返事で承諾する。

 

『そうか……、急なのにすまんな……。そうしたら、久しぶりに佐々喜で鰻でも食って、それからバイク屋に乗り込むとするか? お前、11時半くらいに蒲田に来れるか?』

 

「11時半か……、そうだな~多分大丈夫だろう。まぁ、もし遅れるようだったら先に『きも焼』でも食っててくれ。おっと、でも飲むんじゃねえぞ、タンデムで帰るのはイヤだからな」ジョニーが笑いながら釘を刺す。

 

『ハッハッハ、分かってるって。じゃあ、すまないが明日待ってるからな』田中の余韻を残す笑い声を最後に、その電話は切れた。

 

 

 翌日の3月9日水曜日、立川でジョニーのお母様の用事を済ませた僕たちは、10時20分過ぎに蒲田に向かって移動を開始した。

 甲州街道と環状八号線の渋滞を避けるために、ジョニーは中央自動車道の国立・府中インターチェンジの脇を抜けて、野猿街道の四谷橋方面に僕を走らせる。そして橋を渡った後、一宮交差点を左折し、川崎街道から多摩沿線道路へと進むルートを僕たちは選択した。

 途中、国道246号線の旧道と交差する二子橋付近で若干流れが悪くなったが、それ以外はほぼ順調に蒲田に向けて移動を続ける。第三京浜、そして中原街道の丸子橋を立て続けにくぐり抜け、ガス橋交差点を左折してガス橋を渡る。

 東急多摩川線下丸子駅そばの踏切を渡り、環状八号線との交差点を右折する。ここまでくれば、田中さんとの待ち合わせ場所までもう一息である。そして、その10分後、僕たちは約束の11時半を5分ほど過ぎてしまったが、無事田中の待つ店に到着した。

 年季の入った暖簾をくぐり、ガラガラと戸を開けて店の中に入ると、すでに田中はテーブル席で『きも焼』を頬張っていた。

 

「遅くなって悪いな。なんとか間に合うかと思ってたんだが、無理だったな……」

 

「いや、問題ない。お前の事だから、全く間に合いそうもないのなら、とっくに連絡をよこすはずだからな。10分と遅れずに来ると思っていたよ」そう返事をした田中は、『きも焼』をお茶で流し込みながら複雑な表情をしている。

 

「やっぱりお茶じゃ、なんか違う気がするな……。あっ、お前のうな重はもう頼んであるからな。きも焼も食べるか?」田中が再び思い出したように言う。

 

「いや、きも焼はいらない。それよりお前、うな重のタレをご飯にちょっと多めに掛けてくれるように、ちゃんと頼んでくれたか?」ジョニーは心配そうに田中の顔を覗き込んだ。

 

「分かってるって、子供じゃないんだから心配するな……。それにしても、幾つになってもお前の『うなダレごはん好き』は変わらんなぁ」田中はアキレ顔である。

 

「まぁ、そう言うな。俺に言わせれば、極論するとうなぎはなくてもOKだからな。うなダレご飯だけで充分だ」ジョニーは自慢げに言い放った。

 

 その後、二人はこれから見に行くR80について、いろいろと話しを始めた。

 

「この前そこの店主と話しをしたら、どうやらそのR80は、ジーベンロックのボアアップキットが既に組み込まれているらしいんだ」田中は嬉しそうにジョニーに伝える。

そして、そのボアアップキットについて更に田中が説明をしようとしていたその時、

 

『ミシッ……、ミシッ……』

 

 建物の軋む音が僅かに聞こえた。と、同時に、船にでも乗っているかのようなゆっくりとした横揺れが始まり、そしてその振幅は次第に増していった。

 

地震だな……、この揺れ方だと結構大きいかもしれないぞ……」田中は冷静に言う。

 

「本当だ……、震源地はどこなんだ?」ジョニーも冷静を装いながら店のテレビの方に視線を移し、地震情報を気にしている。ちょうどそんなタイミングでテレビの画面が緊急地震速報に切り替わった。

 

『ここで地震津波に関する情報をお伝えします。午前11時45分頃、地震がありました。震源の深さは三陸沖、10km。地震の規模を示すマグニチュードは、7.2と推定されています。この地震震度5弱の揺れを観測したのは、宮城県栗原市登米市美里町です。揺れの強かった地域の方は、落ち着いて行動して下さい。また、この地震によって、津波注意報が出ています。津波注意報が出ているのは、岩手県宮城県福島県青森県太平洋沿岸です』眼鏡をかけた男性アナウンサーが、やや緊張した面持ちながら淡々と地震情報を伝えていく。

 

震度5弱か……、やっぱり結構揺れたんだな。被害とかがあまり出てないといいけどな……」ジョニーは本当に心配そうだ。

 

「お前のそういう言葉は、なんだか心に響いて来るな……。やっぱり、そういう経験をしている人間の言葉だからなのかな……。もう随分と月日が経っているけど、『日本海中部地震』があった時に、確かお前ちょうど秋田にいたんだよな?」田中が尋ねる。

 

「そうだな……。ちょうどその頃は、『東京⇔高崎⇔村上⇔秋田』をつなぐ大型の定期便に乗ってたからな。忘れもしない昭和58年5月26日の地震だ」ジョニーが答える。

 

「それで、その時は実際どんな感じだったんだ?」田中はジョニーからその時の地震の事を、詳しく聞いたことがなかったのを思い出し、再び尋ねた。

 

「そうか……、お前には詳しい話しをしてなかったかな……」と言いながら、ジョニーは一瞬遠くを見つめるように視線を動かした後、静かに話し始めた。

 

「その日の運行はとても順調だったんだ。国道7号線の秋田市に向かう朝の通勤ラッシュがちょうど一段落付いたタイミングで、雄物川に架かる秋田大橋を渡って秋田の市街地に入って行ったんだ。茨島(ばらじま)っていう国道7号と13号がぶつかる交差点を左折して、そのまま国道7号線をしばらく走って行くと、ちょうど市街地を抜けたところに男鹿半島に向かう道との交差点で『追分』っていう信号があるんだ。それを男鹿半島の方に左に入って行って、ちょっと行った辺りに俺たちがいつも荷物を積み降ろしする工場があったんだ。そこは割と海に近いところで、海からの距離はだいたい1.5kmくらい離れたところだったかな。まぁ、仕事はいつもやってる仕事だから、予定通り12時少し前に東京と高崎で積んだ荷物を全部降ろし終わって、車を一緒に転がして来た同僚と、工場の前にあるいつもの食堂に飲みに行く訳だ。ここでモタモタしてて12時過ぎちゃうと、工場の従業員がどっと押し寄せて来て、座る席がなくなっちゃうからな。そういうところはちゃんと飲み始める時間も計算に入れて仕事をしているって訳だ。なんてったって定期便だからな」ジョニーはニヤリと笑って、昔を思い出しながらではあるが、鮮明に残っている記憶をたどりながら話し続ける。

 

「その日のテレフォンショッキングが、前日の『高石ともや』からの紹介で『小室等』だったんだよな。それを秋田で見るのを楽しみにしててさ~、店の扉をガラガラっと開けて店に入って右側を見ると、ちょうど『笑っていいとも』が始まったところだったんだ。それで、いつも座っているテーブル席に腰を落ち着けて、『おばちゃん、とりあえずビー……』まで言ったところで、ドーンと来たんだ」ジョニーは話しをしながらも、どんどん昔の感覚がよみがえってくるのか、少し顔を紅潮させながら話しを続ける。

「下からの凄い突き上げと激しい横揺れで、まず店のカウンターテーブルの上の壁が、右側からズドーンと落ちて、店の中にば~っと埃が舞い上がったんだよ。もうビックリしちゃってさ~、言葉なんて出ない状態さ。そうしたら、一緒にいた同僚が俺の頭の後ろを指さして、なんだか口をパクパクしてるんだよ。『なんだ?』って思って振り返ったら、俺の後ろにある業務用エアコンが、もう少しで俺の方に倒れてくるような勢いで揺れててさ~、慌てて身体を押し当ててエアコンの揺れを止めながら、『本当にヤバイぞ、これは!』なんて考えてたな……。天井は今にも崩れ落ちそうだし、店の中にいるより絶対外の方が安全な感じがしたんで、同僚に『外に出ろ!』って怒鳴りながら飛び出したんだ。

 

「外に出るのに、扉とかうまく開けられたのか?」田中が心配そうに聞く。

 

「あぁ、それは大丈夫だったな。ちょうど次の客が来て扉を開けた途端に店が揺れ始めたんで、その客はビックリして注文もしない上に、扉開けっ放しで逃げてっちゃったからな。行儀の悪い客で助かったよ」ジョニーは軽口を言う。

 

「ハッハッハ、本当だな。建付けの悪い建物なら、間違いなく扉は開かなくなるからな。それで、実際その時の震度ってどのくらいだったんだ?」建築関係に詳しい田中が相槌を打ちながら問いかける。

 

「確かマグニチュード7.7で、秋田は震度5だったと思うな……。でも、なんかそうやって言っちゃうと震度5くらいだと大した事なさそうな気がするけど、実際感じた揺れは本当に凄かったんだ。マジで店つぶれると思ったもんな……。それから、その時は津波の被害で死者が結構出たんだよ。ちょうど遠足に来ていた小学生たちが津波にさらわれて、十何人かが亡くなったんだよな。それ以外にも釣り人や護岸工事の人達とかで、全部で70人くらいの人達が秋田で亡くなったんじゃないかな……」当時を思い出しながら話すジョニーは辛そうだ。

「俺もそうだけど、秋田の人も含めて『日本海側に津波は来ない』っていう事を、漠然と信じているようなとこがあって、それも被害を大きくした原因の一つだったのかも知れないって言ってたな」ジョニーは残念そうに田中に告げる。

「まぁ、でもこの地震を経験してからというもの、俺は本当に地震だけはダメになったな……、怖くてしょうがない。台風や雷は,事前の情報が全くない訳じゃないから、ある程度準備をしたり、心構えが出来たりするんだけど、地震はダメだ……。本当に突然来るからな……。さっきのも、グラッと着た瞬間、本当に緊張したもんな……」

 

 そんな話しをしているところに、丁度よく注文してあったうな重が運ばれて来た。一言二言、店員と先ほどの地震の話しをしながら、二人はその運ばれて来たお重の蓋を開ける。湯気の立ち上る熱々のうな重に歓声を上げながらも、さらに地震の話しを二人は続けた。そして、その話しがようやく落ち着いた後は、今度はこれから見に行く『BMW R80』の話しへとまた戻って行った。

 

 その後二人は、食事を終えてからバイク屋に足を運んだ。そして、その『BMW R80』を細部までしっかりと確認した。

『エンジン音も問題ないし、オイル漏れ等もないようだ。オドメーターは約4万5千キロを指しているが、ほかの部分と併せて考えてみても妥当だろう。タイヤは前後ともメッツラーの8分山でまだまだ走れるし、ワンオーナーの上物である』二人の意見は一致した。

 そして交渉の結果、左右のパニアケースも全て付けてくれる事となり、田中さんはめでたく『BMW R80改』のオーナーとなった。

 

「まったくお前がスーパーカブ買ってニコニコしながら見せびらかしに来るから、こっちまでムズムズして来て、結局こうなっちまった」口では文句を言っている田中さんだが、顔には満面の笑みがたたえられている。ジョニーも晴れやかな笑顔だ。

 

 その後、田中さんは店側と納車日の確認を済ませ、全ての手続きが終了した。

 

「ジョニー、今日はありがとうな。納車されたら、また見せびらかしに行くよ」田中さんが嬉しそうにジョニーに挨拶する。

 

「おう、分かった。見せびらかしに来る途中でコケるなよ」ジョニーも冗談まじりに返事をする。

 

二人はお互いに軽く手を上げた後、田中さんは仕事で使っている軽バンに乗り込み環状八号線の外回り方面に向かい、僕たちは第一京浜の上り方面へとそれぞれの帰途へ着いた。

 

(その二)に続く