スーパーカブ 耐久チャレンジ

JA07型スーパーカブの耐久性を検証するブログです。

カブ吉くん 月まで走れ!

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 20万キロ通過! 次なる目標は30万キロ!

 

 このブログは、伝説にもなっている『スーパーカブの耐久性』に関して、「でも、本当のところはどうなんだろう?」という素朴な疑問に答えるべく、実際に検証チャレンジをしているものです。

 本来ならば、『スーパーカブ』の原点である50ccや70ccモデルを使う事が正統なのかもしれませんが、今回このチャレンジに使用しているマシンは、2007年で製造が中止されてしまった『スーパーカブ90』の後継モデルである、2010年式JA07型スーパーカブ110です。

 このマシンは純日本製だった今までの『スーパーカブ』とは違って、タイで製造されたエンジン部品等を使って、ホンダ熊本工場で組み上げられたものです。

 外装も樹脂部品が多用されており、昔からスーパーカブに乗り続けている人々からは、「今度のカブは、一体どのくらい走れるんだろう? 外装部品の寿命は『鉄カブ』と比べたら、きっと短いんだろうな~」などという辛口の意見も数多く聞かれ、その車体寿命に関しては販売当初からかなり心配をされていた車種でございます。

 しかし、そのJA07型スーパーカブは、走り始めてから4年目の2014年8月に10万キロを走破。そして約8年経過した2018年6月には、大きく調子を落とすこともなく無事20万キロを通過致しました。

  当然、エンジンのオーバーホール等の大きな整備は一切なく、クラッチ関係についても、現在まで一度も調整をしておりません。

 エンジンオイルは、推奨純正オイルのウルトラG1(10W-30)及びウルトラG2(10W-40)の二種類のみを使用し、季節及び使用状況等に応じて使い分けています。

 オイル交換に関しては、メーカー指示は3,000キロ毎ですが、乗り手が比較的高回転を多用する使用状況を考慮して、これだけは2,000キロ毎で実施しています。

 ドライブチェーン及び前後スプロケットも、定期的な給油は行っていますが、新車装着の物をそのまま使用しております――2020年2月の『24万キロ整備』にて、初めての交換となりました――。

 それ以外の交換部品類も、原則的にはメーカー等の指示に従って交換するような使用方法で現在に至っています。

 

 2014年に二輪自動車では初となる立体商標に登録され、2017年には世界累計生産台数が1億台を突破。そして2018年はスーパーカブ発売から60周年となり、この『スーパーカブ』という世界中で走り続けるマシンに、今後も更に多くの方々が興味をお持ちになるのではないかと思います。

 現在スーパーカブに乗られている方々はもちろんの事、これから『ちょっと乗ってみようかな』と考えている方々に、少しでもお役に立てればいいなと考えてこのブログを立ち上げました。

 しかし『耐久チャレンジ』や『月まで走れ』などというタイトルを付けてブログを始めたものの、5万キロくらいで壊れてしまってはどうしようもありません。最低でも月まで半分強の距離である20万キロを越える事が出来たらという理由から、このタイミングでのブログ開設となりました。

 

 次の当面の目標は30万キロとなりますが、サブタイトルにもある通り、地球から月までの距離である38万4千4百キロを一応の最終目標に設定してチャレンジを続けて参ります。

 今後はJA07型スーパーカブの使用状況が分かる走行データやメンテナンス記事、近況報告やセミドキュメンタリー形式の小説などを随時掲載していく予定です。

  そして、その小説の中に登場する『カブ吉くん』の描写部分は、ノンフィクションとなります。実際に、『カブ吉くん』がどのように乗られてきたのかが、分かるように書いています。

 それをお読み頂き、少しでも皆様のお役に立てるところがあるならば、とても嬉しく思います。

 また、『カブ吉くん』の走行シーンや走行データ以外の部分については、『読み物』として楽しんで頂けたらという思いから、若干の脚色が含まれています。

 

それでは、どうぞ宜しくお願い致します。                    

                                    

                                   管理人

 

 

2020年12月 カブ吉くん 近況報告

 皆さまこんにちは、スーパーカブ耐久チャレンジの管理人です。

 

 今月はカブ吉くんの『近況報告』の前に、まずこのお話しから始めさせて頂きたいと思います。皆さまもよくご存じの『はやぶさ2』のお話しです。

 

 2019年2月の『カブ吉くん近況報告』の中で、小惑星リュウグウ』へ見事に第1回タッチダウンを決めた『はやぶさ2』の事を書かせて頂きましたが、その『はやぶさ2』が『リュウグウ』での活動を終えて、2020年12月5日14時30分頃『リュウグウ』から採取した『物質試料』を格納した回収カプセルを『はやぶさ2』本体から無事に分離して、それを地球に送り届けるミッションを見事に完遂致しました。

 その後の『はやぶさ2』は、回収カプセル分離後、15時30分から16時30分にかけて30分おきに3回に分けて『地球圏離脱軌道変更』を実施し、地球を再び離れて別の小惑星『1998KY26』を目指す拡張ミッションに既に旅立っています。

 

 小惑星リュウグウ』からのサンプルリターンミッションの主役である『はやぶさ2』は、2014年12月3日13時22分04秒に鹿児島県の種子島宇宙センターから『H-ⅡAロケット』で打ち上げられました。

 そして、そのちょうど一年後の2015年12月3日に地球の引力等を利用した『地球スイングバイ』を実施した後、2018年6月27日に小惑星リュウグウ』の上空20kmの位置(ホームポジションと呼ぶそうです)に到着します。

 その後は、探査車『MINERVA-Ⅱ1』や『MASCOT小惑星着陸機』を『リュウグウ』に投下して様々な場所でデータを収集したり、2019年2月22日には自ら第1回目のタッチダウンに成功します。それらで得られたデータは随時地球に送信され、JAXAの臼田宇宙空間観測所に設置されている64m反射鏡パラボラアンテナやJAXA相模原、その他アメリカのNASA等の施設で受信されています。

 その『はやぶさ2』は、2019年8月26日にサンプル採集容器を耐熱シールドで覆われた再突入カプセルに収納した後、同年11月13日『リュウグウ』からの離脱を開始します。

 そして、その一週間後にはイオンエンジンの試運転を実施した後、地球へ向けての第1期、第2期のイオンエンジン巡航運転(各期とも、2ヶ月から3ヶ月の運転)等を2020年8月下旬まで続けます。

 その後、イオンエンジンを停止して、地球へ帰還する為の精密な軌道測定を開始し、その結果に基づいて地球距離(高度)約3600万kmに迫ったところで、再びイオンエンジンによる軌道修正を実施します。 この作業は、2020年9月15日から17日のあいだに、約30時間をかけて行われました。この軌道修正を以って、地球帰還時のイオンエンジンの使用は全て終了となります(この時点でも、イオンエンジンの燃料はまだ55%ほど残っているそうです)。

 2020年10月以降は最終誘導フェーズとなり、あとは化学推進系エンジンでガスを「シュッ、シュッ」っと吹きながら軌道微調整や軌道変更を4回程実施して、本ミッションの最終的な目的である12月5日14時30分の回収カプセルの分離へと進んで行きます。

 

 総飛行時間:2194日13時間32分、総飛行距離:52億4000万km。

約6年間に渡り、日本だけにとどまらない世界に広がる技術者の力を集めた、実に壮大なミッションの完了です。

 

 『はやぶさ2』のミッションに関しては、詳細に書き始めるとこの『近況報告』の中でお伝えするのは全く不可能な事になってしまいます。

 しかし、皆さまに少しでもこの偉業を知って頂きたくて、大事なところは最低限記載をしながら、お伝え出来るように書いたつもりなのですが、よく分からない部分がありましたら、それは私の力不足でございます。申し訳ございません。

 もし、興味があればご自身で詳しく調べて頂ければ幸いでございます。きっと、このプロジェクトに参加した多くの人々の努力や行動に心が躍り、『人間の英知を集めると、こんな凄い事も出来るんだ!』という、思いに至るのではないでしょうか?

 『はやぶさ2』のミッションのプロジェクト・マネージャーである津田雄一氏の著書にある一節を、このお話しの最後に記載させて頂きます。

 

「大人はすごい事をやっている。とんでもない事に挑戦し、面白い未来を創っている。未来に希望は確かにあり、大人になる事は楽しい事だ」そう子供たちに感じて欲しい。

 

 2020年は、世界中が新型コロナウイルスの感染拡大で振り回された一年となりました。

 そこで様々な大人たちが見せた背中は、本当に子供たちに見せて良い背中だったのでしょうか? 管理人も深く考えてみたいと思います。

 

 

 さあ、今年最後のカブ吉くん近況報告です。

 

 今月のジョニーさんとカブ吉くんの行動範囲は、ジョニーさんの年末の挨拶回りがあるので、東京都内から埼玉県南部、神奈川県県央部から川崎・横浜という地域を中心とした移動となりました。

 一ヶ月の走行距離の合計は、ちょうど2000kmとなりました。7月からとても良い数値を連続で記録している平均燃費の方は、59.65km/ℓ となりました。これは、2015年12月に記録した58.62km/ℓ という、これまでの12月の平均最高燃費を約1km/ℓ ほども上回る記録となりました。

 この半年間を振り返ってみても、10月度だけは過去の記録に0.3km/ℓ ほど及びませんでしたが(それでも、過去二番目の数値となる62.64km/ℓ を記録しています)、7月度から今月まで記録した燃費の向上は、もはや計測ミスであるとか、計算ミス等ではない事は明白です。カブ吉くんの燃費は、ここにきて明らかに向上しているのです。

 先月も少し書きましたが、恐らくこの好燃費の要因として考えられる事は、24万キロ整備で交換されたドライブチェーン(DID420DS強化タイプ)、ドライブスプロケット(純正)、ドリブンスプロケット(純正)である事は間違いないと思われます。

 しかし、そうは思いながらも、現時点ではまだ若干の疑問も残しているのです。それは、この駆動系の交換が実施された24万キロ整備は、2020年2月20日であるという事です。

 まぁ、2月は交換してから10日間くらいしか走行出来ないので、燃費への貢献もほとんどないと思われますが、3月から6月の期間としては、それなりの数値が出て来てもいいはずなのですが、実際にはあまり大きな変化は見られませんでした。

 決して悪い燃費ではないのですが、良くもありません。過去と比較してもほぼ普通の燃費なのです。

 参考の為に、下記に2011年から2020年にかけての3月から6月の平均燃費データ表を貼り付けてみました。

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 表を見て頂けるとよく分かると思いますが、本当に大きな変化はなかったのです。

 ジョニーさん自身も、駆動系を交換してからしばらくの間はこのようなデータしか出てこなかったので、燃費が向上しない事についてはそれほど気にしていなかったのです。とりあえず、ドライブチェーンのジャラジャラとうるさかった音が消えたので、『まぁ、それでよし!』と考えていました。

 同時に交換した前後のスプロケットにしても、まだ使い続ける事も可能なくらいにしか磨耗していなかったので、新品と交換してもそれほどのメリットは出ないのではないかとこちらも考えていました。

  しかし、7月になるとこの月間平均燃費が突然過去最高の数値を記録します。そして、8月以降も現在に至るまでその傾向は続いています。

 恐らく、ドライブチェーンと前後のスプロケットが馴染んだ結果が反映されたものと考えられますが、それにしても馴染むまで少し時間が掛かり過ぎているのではないかという気がしないでもありません。概ね、四か月ですから……。

 とりあえず、引き続き燃費に関しては様子を見ていきたいと思います。一年間の平均燃費も、7月以降の好燃費のおかげで59.71km/ℓ という過去二番目の数値で終わる事が出来ました。

 ちなみに、年間平均燃費の最高記録は、2015年に記録した59.97km/ℓ です。この年は、ゴールデンウイークに全走行距離約3800kmに及ぶ九州ツーリングを実施した年でもあります。ツーリング中の平均燃費も63.1km/ℓ を記録し、月間平均燃費のみならず年間平均燃費の向上に一役かった事は想像に難しくありません。

 しかし、今年記録した59.71km/ℓ という数値は、そういう好燃費を記録するようなロングツーリング等のない条件で出された数値です。これはある意味、結構価値のある数値なのかもしれません。

 カブ吉くんは2010年7月から走りはじめていますが、今までに一度も年間平均燃費60km/ℓ 以上というのを記録した事がありません。過去で一番可能性のあった九州へのロングツーリングを含む2015年でも、最終的に0.03km/ ℓ 足りずに終わっています。ジョニーさんとしては、この条件がそろった2015年でさえ、年間平均燃費が60km/ ℓ を超えないのであれば、今後も東京を起点とした走行が中心となる中では、もう難しいのではないかと考えていたのです。

 ところが、今年の7月から好燃費が連続した結果として出て来た数値は、ジョニーさんに再び年間平均燃費60km/ ℓ 超えを意識させるのに充分なものとなりました。

 

 スーパーカブ耐久チャレンジの2021年は、走行距離を淡々と積み重ねるだけではなく、年間平均燃費を意識しながらの一年となりそうです。とは言いながらも、ジョニーさんにはいつも通りに燃費を特に意識することなく、普通に一年間走行してもらいます。

 また、先月の近況報告の中にも書きましたが、今月のカブ吉くんは予定通り26万キロを通過する事が出来たので、エアクリーナエレメント(純正)とスパークプラグ(純正デンソー製)が交換されております。これで、新年はきれいな空気に元気に着火しながらスタートが切れる事となりました。

 

 今年最後の近況報告は、宇宙から東京、埼玉、神奈川までの壮大なスケールのお話しで幕を閉じる事となります。一年間ありがとうございました。

 2021年もこのブログをご覧になって頂いている皆さまに、少しでもお役に立てるようにやっていく予定でございますので、どうかよろしくお願いいたします。

 

                                   管理人

 

2020年12月末現在 全走行距離 260,501km

(12月走行距離 2,000km 月間平均燃費 59.65km/ℓ )

月まであと 123,899km

カブ吉くん メンテナンス(エンジン廻り編)その二

(その二)

 

2.エアクリーナ(※エアクリーナエレメント:2万キロ毎の定期交換部品)

 

 昔からガソリンエンジンが調子よく回るためには、次の三つが大切であると言われています。

 

①良い混合気

②良い圧縮

③良い点火

 

 エアクリーナは、この①に表記した『良い混合気』をつくるのに欠かせない構成部品となります。

 カブ吉くんのステアリングステムのフレーム下に取り付けられたエアクリーナから吸入された空気は、次にスロットルボディに入り、そこでインジェクタから噴出された燃料と適切な割合で混ざり合い、『最適な混合気』として燃焼室に送り込まれます。

 もう少し詳しく説明させて頂くと、皆さんもよくご存じだと思いますが、このエアクリーナにはケース内に『エアクリーナエレメント』という部品が装着されております。この部品は、エアクリーナケース内の吸入された空気の通り道に取り付けられており、大気中の塵埃をここで除去して『清浄な空気』のみをスロットルボディに送り込む仕事をしています。そして、そこで出来た『清浄な空気』は、スロットルボディに取り込まれるタイミングで各種センサ(吸気圧力センサ、吸気温度センサ、スロットル開度センサ)によって測定され、そのデータに基づいてインジェクタから噴出された燃料と合わさった『最適な混合気』をつくる為のとても重要な部品の一つとなります。

  カブ吉くんの初代C100が走りはじめた昭和30年代に比べれば、道路の舗装率などは飛躍的に向上しており、土煙が舞い上がる中を走行する機会などは格段に減っている訳ですが、20,000kmを走行したカブ吉くんの交換された使用後のエアクリーナエレメントを見てみると、まだまだ結構な汚れが目につきます。しかし、大気中に存在する塵埃は、そのように単純に目につくものばかりではありません。

 特に塵埃の『埃』の部分に関しては、目視するのはほぼ不可能かと思われます。恐らく、そういう目に見えないものも含めて、エアクリーナエレメントにはたくさんの塵埃がびっしりと吸着されているのだと思います。

 JA07型スーパーカブに装着されているエアクリーナエレメントのタイプは、ろ紙にオイルを浸透させたビスカスタイプのものが標準で装着されています。

 このビスカスタイプのエアクリーナエレメントは、ドライタイプと違い、清掃等のメンテナンスは出来ません。それなので、基本的に点検も不要となります。メーカーの交換指定距離の20,000kmに合せて交換をします。

 カブ吉くんは現在257,000kmを過ぎていますので、もう少しで13回目(260,000km)の交換となります。

 ジョニーさんは、このエアクリーナエレメントに関して、エンジンの耐久性や性能を維持する事に影響を及ぼす重要な部品として考えています。ですから、汚れ方を見た目で判断して、使用する距離を延ばすようなことはしません。きっちり、20,000kmを使用した時点で交換します。

 一部のマニアの方達は、性能向上を目指して?(ちがっていたら、ごめんなさい! )社外品の吸入抵抗の少ないものや、大容量の吸気が可能なエアクリーナエレメント(場合によってはエアファンネルのみで、エアクリーナエレメントはなし! )に交換をしたりする場合があるようですが、エンジンというのはエアクリーナの入口からマフラーの出口までが一つのものなので、一つの部品だけ変えてもバランスが崩れてしまうだけで、あまりいい結果につながらない事が多いものなのです。

 それは、エンジンだけにとどまらず、サスペンションやブレーキのセッティング、フレームやボディの剛性アップ等も含めたすべての部分に当てはまる事になります。

 そのマシンの、ノーマルの状態で持っているポテンシャルをきっちりと発揮させながら、尚且つ耐久性を損ねたくないのであれば、エレメント類(オイルエレメントを含む)は純正品を使用するのが一番いいとジョニーさんは考えています。

 古い話しで恐縮ですが、故石原裕次郎氏の主演映画の『栄光への5000キロ』のモデルとなった、四輪のラリー競技で国際的にも有名な『サファリラリー』というのがあります。(現在は世界ラリー選手権からは外れてしまっていますが……)

 その『サファリラリー』に何度も出場して、幾度となく総合優勝をしている日産ワークスの競技車のエレメント類は、すべて純正品が使用されていました。

 前走車の巻き上げる土煙の中を疾走する競技車にとっては、エアクリーナエレメントの集塵力はとてつもなく重要な性能となります。当然、競技車両ですから出力の向上は規定内で可能な限り追及をしていかなければならないのですが、最も優先される事は5000kmをエンジンを壊さずに完走する事となります。

 その頃、サーキットを走るレーシングカー達は、燃料を一杯食べる為には大量の空気を必要とする為に、エアクリーナエレメントの装着はしません。ソレックスやウェーバーのキャブレターに、本当に大きなゴミが入らなければいいとしか思えないような、粗い目の金網が付いただけのエアファンネルを装着しているマシン達が大多数でした。

 エンジンに求められる耐久性は、目の前のレース(3~400kmくらいが多いのでしょうか?)を走り切る事だけとなります。そういうマシン達のエンジンは、1レース毎に全部バラされて、一つひとつの部品がチェックされ、使えない部品は交換されて次のレースの前に再び組み上げられます(レギュレーションによっては、そういう事が出来ない場合もあります)。一般に市販される車両や、グラベル(非舗装路)等の走行が想定されるラリー競技車などとは根本的な耐久性への思想が違うのです。

 いずれにしろ、定期交換部品をきちんと交換されて、ちゃんとメンテナンスを実施されているノーマル車は、全速度域でスムーズに走る事をジョニーさんは知っています。

 メーカーがその車両を開発している時に、社外品のエアクリーナエレメントを使用してセッティングする事はありません。全て純正品が使用されます。

 

3.スパークプラグ

 

 カブ吉くんのスパークプラグ(以下プラグ)は、5000km毎に交換されます。これはジョニーさんと吉村さんが、新車でカブ吉くんが走りはじめた時に、ジョニーさんのライディングスタイルを含めていろいろな状況を想定して決められています。

 カブ吉くん(JA07型スーパーカブ)の指定プラグは、NGK製のCPR6EA-9SとDENSO製のU20EPR9Sの二種類になります。JA10型スーパーカブも同様ですが、JA44型スーパーカブは、どういう訳かNGKのCPR6EAー9Sのみとなっているのでお気を付け下さい(理由は分かりません。ごめんなさい……)。

 プラグギャップは、いづれも0.8mm~0.9mmとなっています。

 余談ですが、カブ吉くん(JA07型)には、オプション(高速を主体とした走行時)として上記の標準プラグより高速型のCPR7EA-9S(NGK)と、U22EPR9S(DENSO)という記載もサービスマニュアルにはあるのです。

 この『高速を主体とした走行時』というのは、いったいどこの場所を走る時の事を想定しているのでしょうか? ジョニーさんも割合高回転を使う乗り方をするので、もし標準の熱価でプラグが焼けすぎているようだったら高速型のプラグに変更をしようかと考えた時期もあるのですが、ジョニーさん程度の走りでは、いつも標準型できれいに焼けてしまっているので、変更する事ができません。いったい、この高速型のプラグは何処をどうやって走る人達が使う想定でオプション設定されているのでしょうか? 考えているだけで楽しくなってきてしまいます。

 

 話しを戻します。

 プラグの電極の消耗は、一般的な四輪車(普通車)の場合で1万キロ走行すると約0.1mm~0.15mm消耗していくと言われています。そして、電極の消耗がすすむとプラグギャップが広がり、火花が飛びにくくなって失火や異常燃焼、燃費の低下、エンジン出力の低下などの症状につながっていくと考えられています。

 一般的な四輪車のドライバーが運転する場合、実際に使用しているエンジンの回転域は何回転くらいを常用しているのでしょうか? 恐らく、現在の日本ではAT車が主流でしょうから、だいたい2000回転~3000回転の間に収まってしまうのではないかと予測されます。

 では、二輪車の場合は一体どうなのでしょうか? 110cc単気筒エンジンのカブ吉くんを例に挙げてお話しを進めていきます。

 乗り手であるジョニーさんは、スピードメータの表示誤差も考慮に入れて、だいたい指定速度(制限速度や法定速度を含みます)のプラス10km/hくらいを目安に走行する事が多いようです。運転歴の長いドライバーやライダー達は、その速度で走行している限り、まず取り締まりに遭わない事を経験則として知っています。

 ちょっと特別な国道2号線の『岡山バイパス』や国道8号線及び7号線の『新潟バイパス』等の指定速度が70km/h以上の道路を除くと、一般道での実際の走行速度としては、だいたい30km/hから70km/hくらいの範囲で走行している事になります。

 カブ吉くんの場合ですが、60km/hでは約5300回転、70km/hでは約6200回転くらいの回転数となります。それを、先ほどお話しした一般的な四輪車の常用回転域と比較してみると、ほぼ2倍くらいの高い回転数域でカブ吉くんは走行している事になります。

 四輪車の場合であれば、1万キロで0.1mm~0.15mmの消耗も、2倍の回転数を常用しながら走るカブ吉くんでは、半分の5000kmでそういう状態になるという事です。そうやってプラグギャップが広がり、火花が飛びにくくなって失火等が発生すると、当然ピストンヘッド等にカーボンの堆積などが増える事が予想されます。

 エンジン性能の低下を抑えながら、長く安定して使用し続ける事を考えた結果が、カブ吉くんの『プラグ・5000km交換』なのです。

 

 しかし、過去に一度だけジョニーさんが交換するのを忘れて、1万キロ走ってしまった事がありました。

 2015年の『九州ツーリング』の時です。この時のツーリング出発時のオドメータの表示は、『114,390km』でした。あと610km走行すると、本来はプラグ交換だったのです。

 ジョニーさんは、ツーリング前日の4月29日に吉村さんのところでちゃんとオイル交換をしています。でも、プラグの事は完全に忘れていたようです。

 この『九州ツーリング』は、9泊10日の行程で全走行距離3,835kmを記録する、カブ吉くんの過去最長ツーリングとなりました。

 ツーリングを終えたカブ吉くんの帰着メータ表示は、118,233kmにもなっていたので、ジョニーさんは吉村さんと相談して、『1回だけ、1万キロ使ってみる』という、実験をする事にしました。

 そして、いよいよ12万キロになるタイミングでエアクリーナエレメントと同時に交換されたプラグを見てみると、プラグギャップは1.1mm近くにまで広がり、中心電極と接地電極の両方とも丸くなってしまい、『これでは、火花を飛ばすのが結構大変だっただろうなぁ』と、想像するのに難しい事はありませんでした。

 

「やっぱり、1万キロは使っちゃダメだな」吉村さんは、誰に言うでもなく小さく呟きます。

 

ジョニーさんは、申し訳なさそうにカブ吉くんを見つめていました。

 

 最後に、指定プラグである『NGK』と『デンソー』の燃費データを掲載しておきますので、興味のある方はご覧になって下さい。

 ちなみに、現在のカブ吉くんのプラグは『デンソー』製が使用されています。これは、新車で装着されていたプラグが『デンソー』製であった事が理由です。

 乗り役のジョニーさんは、どちらのプラグを使用しても大きな違いなどは感じられないと言っておりました(逆に感じたら、大変です!)。

 

NGK : CPR6EA-9S(3本分のデータです)

走行 15,103km  燃料使用量 253.07 ℓ

燃費 59.68km/ℓ(時期1月~9月)

 

デンソー: U20EPR9S(3本分のデータです)

走行 14,893km  燃料使用量 249.70 ℓ

燃費 59.64km/ℓ(時期7月~1月)

 

                                   管理人 

(その三)に続く

 

 

 

 

 

 

 

2020年11月 カブ吉くん 近況報告

 皆さまこんにちは、スーパーカブ耐久チャレンジの管理人です。

 

 11月に入ってから、世間では再び新型コロナウイルスの感染拡大が急速に進んでいるようです。

 国内としては、今年の1月下旬にクルーズ船『ダイヤモンドプリンセス号』内で陽性患者が発生してから約10ヶ月が経過しています。

 その間、日本全国の医療従事者の方々の頑張りに支えられ、また、多くの一般の人々の自粛の力によって第一波から第二波と乗り越えて来ましたが、ここに来て若干の息切れが起こって来ているようです。

 100年前の『スペイン風邪』が日本を襲った時も、第一波から第二波を経過してある程度の収束をみるまでに、約2年の時間がが掛かっています。そして、更に翌年の第三波まで終わった時点では、実に当時の日本国民(5500万人)の約43パーセントに当たる約2380万人が感染し、約39万人が死亡したと記録されています。

 100年前と比べれば、科学技術の面でも感染症への知見に関しても、間違いなく人間の持っている知識は向上しているはずなのです。しかし、突然『新型ウイルス』が出てきたりすると、人間が長年に渡り学んで来た程度の英知ではどうにもならず、すぐには有効な対応策が見いだせないというのが良く分かりました。日本政府にしても、『手洗い・マスク・三密』を念仏のように繰り返すのみで、未だに抜本的に有効な施策を打つ事が出来ない状態でいます。

 しかし、そんな中ではありますが、この『こまめな手洗い』や『消毒』、『対面時のマスクの着用』などは、それなりに効果があるという事も確実に分かりました。

 まだまだ、この『新型コロナウイルス』がこれからどのように変異していくのか、そして感染した人間たちにどのような後遺症をもたらすのか等々、分からない事がたくさんあります。

 この状況を見ても、どうやら短期で決着がつくことはなさそうです。どうか皆さまにおかれましては、決して焦ることなく、また心が病むことのないようにお暮し頂ければと管理人は思っております。また、こんなブログではございますが、少しでも皆様の気分転換にお役に立つのなら、幸いに思います。

 

 

  ジョニーさんも、日々感染に気を付けながらボチボチと仕事を続けていますが、たまに顔を出す吉村さんのところで、先日もこんな話しをしていました。

 

「しかし、考えてみると俺はカブ吉がいてくれて、幸せなんだよな~ってこの前思っちゃったんだよね。だって、好きなものがあって、それが一人で楽しめるっていうのは本当に凄い事だよね~。誰かと話しが出来なくても、走ってりゃストレスが溜まらないんだもんな~、不思議な乗り物だよね、オートバイってのは……。80年代後半の森高千里ちゃんに教えてあげたいくらいだよ」っと、相変わらずのジョニーさんです。

 

「おぉ~っ、そう言えばそんな歌を綺麗な脚をした女の子が唄ってたな~。ストレスが地球をだめにするとかなんとかって……。かわいい女の子だったな~」吉村さんも思い出しながら、にこにこしています。

 

「吉村さん、僕たちの千里ちゃんに対して、なんかイヤらしいから……」ジョニーさんがぶっきらぼうに呟きます。

 

「……、お前に言われたくないわ……」吉村さんは、少しあきれながらジョニーさんに返事をします。

 

どうやら、この二人には『ストレス』はあまり関係ないようです。

 

 今月も前置きが長くなってしまいました。申し訳ございません。

それでは、11月の近況報告を始めましょう。

 

 先月まで好燃費を連発していたカブ吉くんですが、結果的にみれば今月もその勢いは止まりませんでした。

 11月度としての今までの最高平均燃費である59.65km/ℓ を記録した2015年の走行内容を少し振り返ってみると、初旬にいつもの忍野への『うどん蕎麦買出しツーリング』と、中旬に実行された『軽井沢・山梨ツーリング』という2回のツーリングが含まれています。

 燃費の比較という意味で、出来るだけ条件を揃えたかったジョニーさんは、今月の初旬こそ忍野への『うどん蕎麦買出しツーリング』に5年前を真似して行ってみたのですが、その後の『軽井沢・山梨ツーリング』については、何だか気分が乗らなかったのか、それとも5年前の若さをもう失ってしまったのかは分かりませんが、結局実行する事が出来ませんでした。

 ツーリングに行けば、好燃費を記録できる事はある程度分かってはいるのですが、実際行けなかったのであればしょうがありません。目の前にあるこの走行データを基に比較していく事にします。

 まず、燃費に影響が出るそれぞれの年の11月の天候を比較してみると、2015年は雨天の日が10日ほどもあり、2020年は2日しかありません。そして、一日の最高気温の平均も、2015年の方が約0.9℃ほど低くかったのです。 そういう意味では、2015年の燃費数値は、あまり条件の良くない中で記録されたにも関わらず、中々の好燃費の数値であると考えられます。

 しかし、それを踏まえた上でも、今年の11月に記録したカブ吉くんの月間平均燃費は、61.99km/ ℓ という、11月度としては初めての60km/ ℓ を超える非常に良い数値となりました。走行エリアとしては、東京23区内、川崎市横浜市等がメインとなっています。

 また、今月の走行の中には、実行する事が出来なかった『軽井沢・山梨ツーリング』の代わりといっては何ですが、ジョニーさんのストレス発散の為に、カブ吉くんの慣らし運転の時によく行っていた練馬を出発して大宮から川越をくるっと回って来る夜走りや、環七通り外回り一周夜走りなどを数回実行をしています。しかし、その夜走り自体の燃費は60km/ ℓ を微妙に割り込むほどの燃費でしたので、今月の好燃費への貢献度は、あまりないかもしれません。

 まぁ、全くの同条件と考える事には無理があるのせよ、過去の11月度で一度も燃費60km/ ℓ 以上というのを記録した事がないのですから、ここは素直にカブ吉くんの燃費は、今月も間違いなく向上していたのだという事を認識していいのだと思います。

 それから、これはカブ吉くんのエンジン性能の話しになりますが、『うどん蕎麦買出しツーリング』実行時の、山中湖に向かう『道志みち』にあるカブ吉くんのエンジンの調子のバロメーターとなる山伏トンネルの手前の直線坂路でも、現在装着されているドライブチェーンだと、久しぶりに絶好調時と同様に3速でぐいぐいと上って行く事が確認出来たのです。

 こういう事実を目の当たりにすると、走行性能や燃費に直接影響を及ぼすドライブチェーンに関しては、『まだ延びていないから』とか『チェーンアジャスターの引き代は、まだ半分もいってないから』などと言って、いつまでも使い続けてはいけないのだと言う事がよく分かりました。

 ジョニーさん自身は、20万キロを過ぎてからは、好調時と比較すると若干性能の低下を感じる事が多くなったように思っていたのですが、それはとんでもない間違いだったようです。

 確かにマフラーから煙りが出るオイル下がりの症状はありますが、ドライブチェーンと前後スプロケットを交換してからのカブ吉くんは、燃費も含めてほぼ好調時と変わらない性能を現時点でも維持していると思います。

 

 しかし、そんな好調を維持し続けているカブ吉くんではありますが、今月はそのカブ吉くんの部品の一つであるストップランプのスイッチが不良となり、交換となってしまいました。

 このスイッチ(部品正式名称:リヤブレーキライトスイッチ)は、カブ吉くんが2010年7月に走りはじめて、その年の12月の約1万4千キロ時に、新車装着のストップスイッチが初期不良となり、それと交換されたものです。

 ですから、かれこれ24万4千キロの仕事を続けて来てくれたスイッチとなります。右サイドカバー下にちょこっと顔をのぞかせたこのスイッチは、当然雨や風を直接受け続けます。その中で、これだけ長い間キチンと仕事をやってくれていたのですから、ジョニーさんは感謝の気持ちで一杯になります。

 そして、少し下世話な話しになってしまって申し訳ないのですが、このスイッチの値段が990円(税抜き)しかしないというのも、驚くべき事実かもしれません。

 これも、ほかのオートバイ達では中々真似する事が出来ない、60年を越えて生き続けている『スーパーカブ』ならではの凄い力のような気が致します。

 

 来月のカブ吉くんは、恐らく26万キロを通過すると思いますので、エアクリーナやスパークプラグの交換が実施される予定です。

 現在、別のタイミングで『メンテナンス エンジン廻り編』という記事もアップしておりますので、 そちらと併せてお楽しみ頂ければ幸いでございます。

 

  皆さま、いよいよ冬のライディングの時期になりました。

 手や身体が寒さで硬くなると、ライディングの安全マージンが著しく低下してしまいます。どうか、お気に入りの暖かいウエアを纏って、この季節でしか味わえないライディングをお楽しみくださいませ。

                                    管理人

 

2020年11月末現在 全走行距離 258,501km

(11月走行距離 2,124km 月間燃費 61.99km/ℓ )

月まであと 125,899km 

 

 

カブ吉くん メンテナンス(エンジン廻り編)その一

 皆さまこんにちは、スーパーカブ耐久チャレンジの管理人です。

 

 昨年の暮れに掲載した『カブ吉くんメンテナンス(ハンドル廻り編)その四』の一番最後のあたりに、『次回は、エンジン廻り編の予定です。お楽しみに』などといい加減な事を書いてしまってから、約11ヶ月が経過しています。

 そんな状況の中、今年の3月にアップさせて頂いたメンテナンス記事は、予定とは違う『カブ吉くんメンテナンス(オイル編)その二』という記事でございました。

 『あれれっ?』と、思われた方もいたのではないかと思いますが、勝手に予定を変更してしまい、大変申し訳ございませんでした。

 皆さまの寛大な心でスルーして頂いたのかは分かりませんが、幸いコメント欄に苦情等の書き込みもなく、管理人をはじめ、ジョニーさん、吉村さん、カブ吉くんを含めて、関係者一同(そんなにいませんが……)ほっと胸を撫で下ろしておりました。

 

 

 ようやくと言ってはなんですが、大変お待たせしてしまった『エンジン廻り編』をボチボチと始めさせて頂きたいと思います。

 

 まず、今回の『エンジン廻り編』の内容としては、下記の記載した項目について、一つずつ丁寧に書いていこうと思いますので、宜しくお願い致します。

 

 

1.クラッチ

2.エアクリーナ(定期交換部品)

3.スパークプラグ

4.カムチェーンテンショナ関係

5.バッテリー

6.ACジェネレータ

7.スタータモータ

※.番外編(センタースタンド他)

 

 ドライブスプロケットやドライブチェーンをこの『エンジン廻り編』に含めるかどうかも考えてみたのですが、こちらは、別途『駆動系編』というくくりで書いてみたいと思いますので、今回は触れていません。

 

 

 カブ吉くんは、上記1番から7番のメンテナンスを実施しながら、2020年11月上旬の時点で約25万7千キロを走っています。

 皆さまは、この1番から7番に記載しているメンテナンス項目を見て、一体どのようにお感じになるのでしょうか?

 『大したメンテナンスしてないんだなぁ、こんなんで25万キロ走っちゃうんだぁ~』と、お思いになる方や、『えぇ~、こんな細かくメンテナンスしなきゃダメなの~?』と、お考えになる方等、いろいろの方がおられるのではないかと管理人は思います。

 しかし、1970年代中盤からオートバイに乗り始めたジョニーさんにとっては、エンジンに関して上記の1番から7番までの、たったこれだけのメンテナンスでカブ吉くんが25万キロを走ってしまうというのは、もう驚き以外の何物でもありません。本当に技術の進歩というのは凄いものなのだという事を、肌で感じるところであります。

 ベテランの方たちも同じ気持ちかと思いますが、今の21世紀のオートバイ達のエンジンメンテナンスには、点火系の調整だとか燃料系の調整というものは、スーパーカブも含めてほとんど存在しないのです。

 昔は、火花が飛んで荒れてしまったポイント接点を磨き、点火時期をきっちり合わせて、キャブレターをスローからメインまでしっかり調整して、やっとエンジンは快調に回るものだったのですが、最近は点火系はフル・トランジスタ点火やCDI点火が中心で、燃料系はほとんどがインジェクションなので、いつでもこの二つは絶好調が当たり前です。

 ジョニーさんも含めて、ベテラン単車乗り達がこの二つのメンテナンスにどれだけの時間を割いて来たかという事を考えると、本当に隔世の感があります。

 

 1970年代の古い話しで恐縮ですが、現在のJRがまだ国鉄日本国有鉄道)だった頃、東京の中央線の吉祥寺駅北口の真ん前に『GEORGE(ジョージ)』という喫茶店がありました。

 そこの従業員だった二谷さんは、ジョニーさんと同じサッカー部のライトウィング(昔はこんなポジションがありました。70年メキシコW杯のブラジル代表で言うと、フォワードのほぼ真ん中がペレで、その右側にいるジャイルジーニョのポジションです。当時のブラジルのシステムは4・2・4です)で、オートバイ大好き青年です。

 彼は、グリーンの綺麗なツートンに塗り分けられた愛車の『ホンダドリームCB500Four』をいつも店の前に停めていました。ですから、彼が出勤しているかどうかは、駅を降りて北口の改札を出た瞬間に分かるのです。

 このオートバイのキャッチコピーである『静かなる男のための500』というフレーズと、残念ながら75年にフランスのサーキットで亡くなってしまいましたが、故隅谷守男氏(CB500改で全日本選手権鈴鹿ロードレース等に参戦をしていたとても速いライダーでした)のイメージが重なり、ジョニーさんもこのオートバイが大好きでした。

 また、吉祥寺には輸入盤レコード店の芽瑠璃堂や曼荼羅等のライブハウスもあり、当時のジョニーさん達にとっては身近な遊び場のようなものだったのです。

 たまたま、二谷さんのCB500の調子が悪かったりするタイミングでジョニーさんが店に現れたりすると、

『ジョニー、ちょっと悪いんだけどCB診てくれないかな? なんだかスムーズに吹けないんだよなぁ~』

などと二谷さんに言われたジョニーさんは、いきなり店の前でCB500のポイントを磨き始めたりします。

 真夏の炎天下に、吉祥寺の駅前でハイビスカス、パームツリー、パイナップルがみんな一緒に入ってる派手なアロハを来た長髪の兄ちゃんが、地べたに座り込んでオートバイをメンテナンスしているのです。

 吉祥寺に来た買い物客(当時の吉祥寺は、現在のようなお洒落なイメージではなく、近隣に住む人々が普通に買い物をする街でした)たちは、興味深そうにジョニーさんを眺めていくそうです。

 結構シュールな感じもしますが、ジョニーさん的には割と頻繁にそんな事をしていたそうなので、ひょっとするとこのブログを訪れた人の中に、そんな光景を記憶に留めている方がおられるかもしれません。

 なんだか考えているだけで、不思議な感じでわくわくしちゃいますね~。

 

 すみません……。また、大きく脱線してしまいました。

 

 話しを『エンジン廻り編』に戻しましょう……。

 

 この1番から7番という順番は、『ノーメンテナンスのものから、定期的に部品交換を行っているもの、過去に故障を起こしたもの、これから故障しそうなもの』という並びになっていますので、参考にして頂ければ幸いです。 それでは、始めます。

 

 

1.クラッチ

 

 カブ吉くんの中で、現在まで一度もメンテナンスとして触られたことのない、数少ない場所の一つになります。

 まぁ、ごく一般的な湿式多板コイルスプリング式のクラッチなので、エンジンオイルの交換がメンテナンスと言えなくもないのですが、R.クランクケースカバーのオイル給油口の右下にあるロックナットを緩め、アジャストスクリュを回すような調整は、現在まで一度も実施された事がないという事です。

 ジョニーさんに何かメンテナンスをしない理由があるのか聞いてみたら、こんな答えが返ってきました。

「まず、調整をする必要を感じないというのが一番かな……。エンジンが熱を持ったりすると多少ギヤチェンジのフィーリングが変化したりするけど、取りたててクラッチを調整するほどのものでもないくらいに感じているよ。普通のギヤチェンジをするオートバイに乗っているライダーなら、みんなそう思うくらいのクラッチフィーリングのレベルだと思うな。あと、やっぱり一番の理由は、カブ吉と走り始めた時に、吉村さんに『触るな!』って言われた事かな~、俺って素直だからさ~、はっはっはっは……」

 

 とりあえず、ジョニーさんの性格は置いておいて、吉村さんの『触るな!』について考えてみたいと思います。

 

 JA07型スーパーカブの取扱説明書には、簡単なメンテナンスと言う事で《クラッチの作用の点検》という項目があります。

 これは、キックした時にペダルに踏みごたえがあるかとか、エンジンを始動して1速に入れた時にマシンが動き出したりしないかを点検しろという意味で書かれています。

どこにも、『ロックナットを緩めてアジャストスクリュを約1回転……」などと書かれてはいないのですが、いきなりこれをやってしまう日本人のなんと多い事か……(チコちゃんの森田美由紀アナウンサー風に読んで下さい)。

 昨今は、インターネットを使えばこういう整備情報は簡単に入手する事が出来ます。まして、この整備には特殊工具などは必要ありません。スパナとマイナスドライバーがあれば出来てしまいます。

 自分のマシンに若干でも違和感を覚えたら、少しでもいいからその状態を良くしてやりたいという気持ちは凄くよく分かります。でも、このクラッチ調整の整備は要注意なのです。

 実際、調整をしてうまくいく事もあれば、グダグダになって更にひどい状態になってしまい、吉村さんのお店に駆け込んで来る日本人の……(以下、繰り返し)。

 

 この整備をする上での作業の注意に関して、『サービスマニュアル』には次のように記載されています。

 

≪エンジンオイルの粘度と量はクラッチの切れ具合に影響する。クラッチが切れにくかったり、クラッチを切っても車体が前に動く場合は、クラッチを点検する前にオイルの粘度と量を点検する≫

 

 いかがでしょうか? 

 純正オイルやその相当品以外のエンジンオイルを使用している場合などは、微妙に滑りが出てみたりして、調整が難しかったりする事があるかもしれません。

 カブ吉くんでさえG2(10w-40)を入れていると、ジョニーさんがたまにやるフルスロットルでの加速のシフトアップの際には、クラッチが微妙に滑るのです。G1(10w-30)では、まずこういう事はおこりません。

 エンジンオイルの量も多かったり少なかったり、交換時期が過ぎていたりすれば、当然影響があると考えられるのです。

 そういう部分をすべてクリアして、それでも改善が見られなかった場合に、ようやく実際の調整(整備)をしていくのが本来の手順です。

 

 でも、ジョニーさんの若い時もそうでしたが、経験はないんだけど興味だけは人一倍ある時期は、もうしょうがないんですよね~。どうしても、いじっちゃう……。そして、手に負えなくなるような事態を招いてしまう……。

 オートバイの世界では、これを『いじり壊す』と言って、将来的に有能なライダーへなる為の登竜門と位置付けております(ウソです)。

 

 だから、それが吉村さんの『触るな!』と言う事になるのですが、そういう事を全部経験済みのジョニーさんだから『は~い』と言って、そのままノータッチとなりますが、普通は絶対そうはならないような気が致します。

 人間というのは『触らないで!』とか『見ないで!』とか言われれば言われるほど、逆に触りたく……

 

 ……、すみません。突然ですが話しをクラッチの耐久性の話しに戻します。

 エンジンがノーマルである限りは、エンジンオイルを定期的に交換してやる事と、出来るだけ1速発進をする事を心がけてやれば、カブ吉くんのように20万キロ走ってもまったく問題が起こる事はないと思います。そのぐらいJA07型スーパーカブクラッチは優秀です。

 しかし、JA07型の取扱説明書にはギヤの速度範囲として、2速発進も可能である記載(JA10型も同様の記載があります。JA44型はありません、気を付けて下さいね)がありますが、ジョニーさんはのろのろと発進するのが嫌いなので、下り坂以外では2速発進はしません。

 あと、ジョニーさんの乗り方の特徴としては、峠道を走っている時以外で積極的にシフトダウンをしてエンジンブレーキを使うような乗り方はしません。

 高いギヤを選択したまま、低い速度で走る事もありませんし、いつも適切なギヤを選択しています(ゆっくり走っているという意味ではありません)。

 そういう部分も、このクラッチの調整を一切せずにここまで走って来れた理由となっているのかもしれませんね。

 

 今回はメンテナンスに記事の割には、ジョニーさんの昔ばなしが長くなってしまい、申し訳ございませんでした。

 2番のエアクリーナ以降については、また次回のお話しとさせて頂きたいと思いますので、宜しくお願い致します。

 

(その二)に続く

                                   管理人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年10月 カブ吉くん 近況報告

【 中秋の名月ツーリング 】

 

 皆さまこんにちは、スーパーカブ耐久チャレンジの管理人です。

 

 2020年10月1日は、中秋の名月でございました。旧暦8月15日の月の事で、皆さまもよくご存じの十五夜です。

 そして、同じく今月の29日は十三夜となります。天候にも恵まれて、多くの場所で二つのお月見をされた方がおれられたのではないでしょうか?

 ジョニーさん、吉村さん、カブ吉くんもその例外ではなく、それぞれに趣のある美しいお月見を楽しませて頂きました。

 

 今月の近況報告は、冒頭にもあります通り『中秋の名月ツーリング』の話しをさせて頂きたいと思いますので、宜しくお願い致します。

 

 

 吉村さんとジョニーさんは、随分前からよくこんな話しをしていました。

 

「いつ頃だったか忘れちまったけど、随分前にちょっとした用事で山梨の身延温泉に行ったことがあってな~。まだ、中央道は調布から河口湖までしか出来てなかったころじゃねぇかな……。それで、夕方過ぎに用事が終わって、じゃぁ帰ろうって事になったんだけど、その日はえらく月の綺麗な晩でな……。どうせ下道走って帰るなら、本栖を抜けて月見をしながら帰ろうって事になった訳だ」

 

「へぇ~、身延から本栖に抜ける道って、国道300号じゃなかったっけ……。あそこの道は、最後に本栖湖に上がって行く手前の辺りは結構ヘアピンだらけの道だったよね?」

 

「さすがジョニーだな、よく知ってるな~。それで、身延を出て52号から300号に入って富士川を渡ってちょっと行ったところにある下部温泉のあたりだったかなぁ、とにかくでっかくて凄い満月だったんだ。ありゃ、きっと今でいうところのスーパームーンってやつだったのかもしれねぇなぁ」

 

「あんまりよく覚えてないけど、確かに40年以上前だと、みんなそんな呼び方はしてなかったような気がするな~、実際なんて呼んでたんだろうねぇ~?」

 

「そうだなぁ~、俺も覚えてねぇな……。まぁ、それはおいといて、その国道300号の辺りっていうのは、民家もあんまりないし、当然街灯なんてものは全くありゃしない訳だ。月が出てなけりゃ、本当に真っ暗な道なんだな、これが。でも、その時は凄かったんだ、ライト消しても走れるくらいの月の明るさがあったんだよな~。なんたって、月の光りで影が出来るくらいだったからな~」

 

「そりゃ~凄いね~。月の光りで影が出来るなんてことは、なかなかないもんね……。昔、時代劇の中でよく悪党が『月夜の晩ばっかりじゃねぇからなっ!』なんて凄んでたけど、本当に月夜の晩って明るかったんだろうねぇ。だから、その逆の闇夜の晩が脅し文句になってるって事だもんね。って、そういう事じゃなくて、単純に俺もそんな状況でその場所を走ってみたかったなぁ~」

 

「確かにな。その時代は月の出ない晩なんかは、本当に漆黒の闇みたいなもんだったのかも知れねぇなぁ……。そんな中を提灯持って歩いてて、黒尽くめの悪党たちに待ち伏せなんかされたら、そりゃ~もう生きちゃ帰れねぇわなぁ……」

 

「……吉村さん、怖いから……」

 

「おっ!? すまんすまん、別に怖がらせるような話じゃねぇんだけどな。まぁ、そんな凄い月夜の晩もある訳だから、ただ距離で月を目指すだけじゃなくて、もっといろんな意味で月との関係性を創っていくのに、たまにはジョニーとカブ吉で『お月見ツーリング』っていうのも洒落てるんじゃねぇかと思ってな」

 

「なんだかんだ言いながらも、吉村さんちゃんと俺たちの企画考えてくれてたんだ~。ありがとう、なんかそれ面白そうだね。そうしたら、ちょっと仕事のスケジュールだとかを調整しながら、満月のタイミングとうまい具合に合うかどうかをやってみようかな? あとは場所の問題だけど、やっぱり吉村さんのそんな話し聞いちゃったら、国道300号を富士川の方から本栖に向かうルートかな?」

 

「うん、それでいいんじゃねぇか。まぁまぁ暗いし、黒尽くめも出そうだしな~」

 

「やめてよ、吉村さん。本当に怖いんだから……」

 

――失礼致しました――

 吉村さんとジョニーさんの相変わらずの会話ですが、実はこの話しはもう5年以上も前からされていた話しなのです。

 この会話がされた翌年くらいから、ジョニーさんはどこかのタイミングで実行しようとずっと考えてはいたのですが、いい月が見れそうな時にはジョニーさんの仕事の都合がつかず、仕事の調整が何とかつきそうな時は天候が不順で月が見えない等で、ずるずると今まで延びてしまっていたのです。

 今回の2020年10月1日の『中秋の名月』も、ジョニーさんの仕事の調整はうまくついていたのですが、やはり最後まで天候の問題が残っていました。

 9月の最終週が始まった時点では、10月1日の天気予報にはしっかり傘のマークが表示されていました。

「あ~、やっぱり今年もダメなのかな~?」と、ジョニーさんも毎年の事なので、やや諦めムードでした。

 しかし、9月30日の午後から東海地方から関東地方にかけて接近していた雨雲たちは、徐々に南の方向にずれて行きます。そして、10月1日の午前9時頃はまだ弱い雨がパラパラと降っていたのですが、その後急速に晴れ間が広がり天候は一気に回復に向かいます。

 ジョニーさんは、もしかして天候が回復した場合を考えて、いつでもツーリングが実行できるように10月1日の午後から2日にかけて有給休暇を事前に申請していました。

 ジョニーさんは、本当に嬉しそうに吉村さんのお店に早速電話をします。

「もしもし、吉村さん? 今日『中秋の名月ツーリング』に行く事にしたから、後でプラグの交換に寄るからね~」

「 OK、分かった。やっとだな……。気を付けて来いよ」短い返事ではありますが、吉村さんもここに至るまでの経過を知っているので、安堵を感じさせる優しいものとなりました。

 

 10月1日 17時25分、ジョニーさんとカブ吉くんは、プラグ交換を終えて吉村さんのお店を出発します。

 ちょうど仕事終わりの時間と重なってしまったので、都心から下り方面の道路は幾分流れが悪いですが、ジョニーさん達はその事をあまり気にしていません。

 何故なら、この時期の月の出はかなり遅く、まだ本日の主役である『中秋の名月』は東の空の低い位置にあるからです。恐らくこの月が目的地の下部温泉辺りの南天に輝くのは、ちょうど日を跨ぐ午前0時頃ではないかと予測をして移動開始の時間も決めているのです。

 それまでの暫くの間は、『中秋の名月』とのランデブーを楽しむ時間です。それなので、ルート選択も渋滞を避けるためのジョニーさんお得意の裏道を通ることはありません。月が出来るだけ見えるように、空への視界が確保できる道を選んで走行して行きます。

 ジョニーさんとカブ吉くんが練馬から国道20号線(甲州街道)を目指して北から南へ移動している時は、ふと左に顔を向けて東の空を見ると、まだまだ低い位置ではありますが、優しい光りを放ちながら、その『満月』が凛とした姿を見せています。

 その後も、渋滞中の府中の辺りでは二人の背中をやわらかく照らし、八王子を通過する辺りでも少し高度は上がりましたが、まだ左後方からの遠慮がちなランデブーです。

 しかし、二人が大垂水峠を越えて、中央自動車道の相模湖インターチェンジの付近まで来ると、その『中秋の名月』はすでに南東の位置まで移動して大分高度も上がり、いよいよその輝きに力を増してきました。

 それとは裏腹に、寒さをやせ我慢していたジョニーさんとカブ吉くんは、第一回目の休憩を取るために、上野原のコンビニエンスストアにへろへろと入っていきます。そして、カブ吉くんを停めるやいなや、ジョニーさんはトイレに直行です。

 

 9月から10月のこの時期は、朝晩と昼間の気温差がかなりあります。吉村さんのお店を出発した時は、コットンのジャケットだけで走り始めたジョニーさんでしたが、今日の夜間走行の事を考えて、ちゃんとカブ吉くんの前カゴに夜間走行用のジャケットを準備して来ていました。

 そして、寒いのが大嫌いなジョニーさんは、その夜間走行用ジャケットに大垂水峠の手前で着替える予定だったのです。

 しかし、世の中というのは本当に不思議なものです。

 大垂水峠を上り始める辺りで、ちょうどジョニーさんとカブ吉くんの前をノロノロと走る乗用車がいたので、そろそろこの辺りで夜間走行用ジャケットを着ようかなと思っていた矢先に、その乗用車は急に右折して二人の前からいなくなってしまったのです。

 突然、目の前に誰も走っていない非常に魅力的な状況が現れてしまいました。

 『これで、もし止まって着替えている間にトラック等に先行されてしまうと、それはそれで何だか悲しいものがあるよな~』と考えないライダーは、世の中にそうそういないような気が致します。

 そういうところは、ジョニーさんも決して例外ではありません。必然的に、そのまま走行継続です。まだ、ハンドルカバーは付けていないので、手の暖かさを確保するために、グリップヒーターは全開です。でも、手の甲側が冷やされてしまうので、手のひら側を含めても、ジョニーさんはあまり暖かさを感じません。

「若いライダー達は、きっとこのぐらいの寒さは何てことないんだろうな……」

ジョニーさんはこんな言葉をつぶやいたのを最後に、口を真一文字に閉じたまま、しばし沈黙の世界に突入します。

 大垂水峠自体はそれほど標高の高い峠ではないのですが、まだ寒さに身体が慣れていないジョニーさんを震えさすのには十分な威力を持っていました。

 相模湖駅前を横切り、相模湖インターチェンジの辺りも何とか我慢をしながら通り過ぎて、先ほどお伝えした上野原のコンビニエンスストアに、二人はようやくとたどり着いたのでした。

 

 20時頃到着して、約30分間の間にパンとホットコーヒーの簡単な食事を済ませたジョニーさんは、夜間走行用のジャケットに着替えた後、再びカブ吉くんに跨ります。

 その後は、国道20号線を快調に下り込み、猿橋の脇を抜けて大月の市街地を通り過ぎ、笹子トンネルをくぐり抜けて勝沼に入れば、もう甲府盆地突入です。ジョニーさんは、久しぶりに見る大好きな甲府の夜景に上機嫌です。

 そのまま二人は甲府バイパスを走り続けて、竜王で一回目の給油をします。今回のツーリングは、予定では約300kmくらいの走行になるはずなので、どこかで一回給油をしないと間に合いません。お月見が終わった後の夜中の帰り道で、ガソリンスタンドが見つからずに心細くなりたくないので、ここでの給油がベストです。

 しかし、寒さのせいもあるのか燃費はあまり伸びておらず、ここまで140kmくらいを走って来て、約60km/ℓ くらいの燃費です。やはり、気温が低い上に電装などの負荷が増えると、燃費は途端に伸びなくなります。

 『中秋の名月』の位置も、ずいぶんと高い位置に変って来ています。先を急がなければなりません。

 二人はこの先の韮崎まで国道20号線を走り、そこからは県道42号線(旧国道52号線)に入り、下部温泉を目指します。

 ジョニーさんは、基本的にバイパスをあまり使いません。その町の歴史や匂いを感じたくてカブ吉くんと走っているので、その町を感じさせない道には魅力を感じないからです。ですから、今回も韮崎市立病院を通り越して、船山橋を左折し釜無川を渡って行きます。

 

 話しは少し変わりますが、実はジョニーさんにとって韮崎という町は少し思い入れのある場所の一つであります。ジョニーさんのお爺様が亡くなったのが韮崎の市立病院なのです。

 お爺様は亡くなる前は、白州町(はくしゅうまち、現在の北杜市の一部)にお住まいでした。そこで倒れて市立病院に運ばれた時には、既に危篤の状態だったのです。

 夜遅くに病院から連絡が入り、そこからバタバタと支度をして、その当時ジョニーさんが競技に使っていた『三菱ランサー1600GSR(有鉛ハイオク仕様)』にお父様とお母様を乗せて、大雨の中を東京から韮崎まで全開で走ったことが昨日のことのように思い出されるそうです。この時点でも、まだ中央自動車道勝沼ICまでしか出来ていなかったそうです。もう、41年も前の話しですが……。

 

 富士川町に入り、大きな富士川を左手に見ながらジョニーさんとカブ吉くんは更に52号線を南下して行きます。新早川橋を渡って身延町の手前の上沢の交差点を左折していよいよ国道300号線を走り始めます。

 富山橋で富士川を渡り、すぐに信号を右折して波高島の駅方面に進路を取ります。この辺りは昔とあまり変わりがないような気もするのですが、ジョニーさん自身も10年以上訪れていない場所なので、記憶があまり定かではありません。

 旧道を使い、トンネルを通らずに今一度国道に出てから少し走ると常葉川(ときわがわ)の対岸に下部温泉を見るやや広い駐車帯のある場所に到着です。時刻は、23時を少しまわったところです。

 『中秋の名月』は、予定通り南天に煌々と輝いています。素晴らしい月夜の晩になっています。気温はカブ吉くんの温度計で見ると、14.5℃を表示しています。

 ほぼ目的地に到着をしたのですが、ジョニーさんはなんだかあまり浮かない顔をしています。

「なんか、結構明るいなぁ……。もっと、街灯なんかなくて暗い感じで、月だけが煌々としているイメージだったんだけどなぁ……」

 どうやら、ジョニーさんは吉村さんが話してくれた昔の光景を勝手に想像して、自分の中に別のイメージを創り上げてしまっていたようです。

「まぁ、いいか~。これはこれで充分に素晴らしい『中秋の名月』だもんな。それに、ひょっとしたらこれから先、本栖湖に向かって走って行くとそんな光景に出くわすかも知れないしなぁ」

 10分ほどその場で月を眺めていたジョニーさんは、カブ吉くんに跨り、再び国道300号線を走り始めます。

 程なくして、国道はコーナーが連続して続くようになり、一気に高度を上げて行きます。昔は、親友の田中さんと共に幾度となく走った場所です。

 久しぶりに走る『本栖みち』は、ここでもジョニーさんの印象と大分違い、随分早く中之倉トンネルが見えて来てしまいました。このトンネルを抜けると、もう本栖湖に到着です。

 ジョニーさんの印象では、もっともっとたくさんコーナーがあったような気がしていたのですが、ごくごく短時間で駆け上がってしまった気が致します。人間の感覚と言うものは、本当にあてにならないものであります。

 本栖湖畔で再び『中秋の名月』を見上げます。ここでは、うまくいけば『中秋の名月』に照らされる富士山が見られるのではないかと期待をしていたのですが、残念ながら富士山は雲に覆われていて見る事が出来ませんでした。気温は、先ほどの下部温泉から3℃さがった、11.5℃まで落ちています。

 波の穏やかな本栖湖に映る『中秋の名月』を目に焼き付けて、ジョニーさんとカブ吉くんは帰路へとつきます。

 国道139号線を使い、青木ヶ原樹海の脇を抜けて、富士吉田経由で一気に高度を下げ、大月まで出ます。そこからは、国道20号線を往路とは逆にどんどん上り込み、大垂水峠越えで東京を目指します。

 途中、自宅近くの24時間営業のガソリンスタンドでカブ吉くんに給油を済ませ、自宅最終到着は午前2時40分、321kmのツーリングとなりました。

 

 

 皆さま、今月も冒頭の『中秋の名月ツーリング』の報告に長々とお付き合い頂き、ありがとうございました。

  カブ吉くんに関するそれ以外の報告としては、エンジンオイルの交換が一回と『冬支度整備』が実施されています。

 エンジンオイルに関しては、珍しく交換までのあいだに補給をする事はありませんでした。しかし、交換直前のエンジンオイルレベルは、ゲージの下端(ロアレベル)まで落ちていたので、オイルの消費が減少しているだけで、なくなっている訳ではありません。

 『冬支度整備』に関しては、いつも通りのスピードメータケーブルの清掃及び給脂と、バッテリーの補充電を実施しています。フロントブレーキケーブルは、今年の1月末に交換したばかりなのでノータッチです。

 バッテリーの補充電については、計測時に12.83vを表示していたので、スルーしても良かったのですが、ここのところ新型コロナの影響で乗ったり乗らなかったりがハッキリしているので、冬に向けての安全対策で補充電を実施しました。充電後のバッテリー電圧は、13.13vまで上がっています。

 

 最後になりますが、7月から9月までずうっと好燃費を記録し続けているカブ吉くんですが、今月の月間燃費は62.64km/ ℓ を記録しました。

 これは、10月度の最高燃費として記録されている2013年の62.94km/ℓ には0.3km/ℓ ほど及びませんでしたが、相変わらず好調をキープしているようです。

 11月度の過去最高燃費は、2015年の59.65km/ℓ となります。カブ吉くんは、外気温も一気に下がる11月に一体どんな燃費を記録するのでしょうか?

また、来月に報告をさせて頂きます。お楽しみに!

 

 それでは皆さま、暖かいライディングウェアを身に纏い、引き続き初冬のライディングをお楽しみ下さい。

                                   管理人

 

2020年10月末現在 全走行距離 256,377km

(10月走行距離 2,012km 燃費 62.64km/ℓ )

月まであと 128,023km