カブ吉くん 月まで走れ!

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 20万キロ通過! 次なる目標は30万キロ!

 

 このブログは伝説にもなっている『スーパーカブの耐久性』に関して、「でも、本当のところはどうなんだろう?」という素朴な疑問に答えるべく、実際に検証チャレンジをしているものです。

 本来なら『スーパーカブ』の原点である50ccや70ccモデルを使う事が正統なのかもしれませんが、今回このチャレンジに使用しているマシンは、2010年式JA07型スーパーカブ110です。

 このマシンは純日本製だった今までの『スーパーカブ』とは違って、タイで製造されたエンジン部品等を使って、ホンダ熊本工場で組み上げられたものです。

 外装も樹脂部品が多用されており、昔からスーパーカブに乗り続けている人々からは、「今度のカブは、一体どのくらい走れるんだろう? 外装部品の寿命は絶対短いんだろうな」などという辛口の意見も多く、その車体寿命に関しては販売当初からかなり心配をされていたようです。

 しかし、そのJA07型スーパーカブは、走り始めてから4年目の2014年8月に10万キロを走破。そして約8年経過した2018年6月には、調子を落とすこともなく無事20万キロを通過致しました。

  当然、エンジンのオーバーホール等の大きな整備は一切なく、クラッチ関係についても、現在まで一度も調整をしておりません。

 エンジンオイルは、推奨純正オイルのG1(10W-30)及びG2(10W-40)の二種類のみを使用し、季節及び使用状況等に応じて使い分けています。オイル交換に関しては、メーカー指示は3,000キロ毎ですが、比較的高回転を多用する使用状況を考慮して、これだけは2,000キロ毎で実施しています。

 ドライブチェーン及び前後スプロケットも、定期的な給油は行っていますが、新車装着の物をそのまま使用しております。それ以外の交換部品類も、原則的にはメーカー等の指示に従って交換するような使用方法で現在に至っています。

 

 2014年に二輪自動車では初となる立体商標に登録され、2017年には世界累計生産台数が1億台を突破。そして2018年はスーパーカブ発売から60周年となり、この『スーパーカブ』という世界中で走り続けるマシンに、今後も更に多くの方々が興味をお持ちになるのではないかと思います。

 現在スーパーカブに乗られている方々はもちろんの事、これから『ちょっと乗ってみようかな』と考えている方々に、少しでもお役に立てればいいなと考えてこのブログを立ち上げました。

 しかし『耐久チャレンジ』や『月まで走れ』などというタイトルを付けてブログを始めたものの、5万キロくらいで壊れてしまってはどうしようもありません。最低でも月まで半分強の距離である20万キロを越える事が出来たらという理由から、このブログ開設タイミングとなりました。

 

 次の当面の目標は30万キロとなりますが、サブタイトルにもある通り、地球から月までの距離である38万4千4百キロを一応の最終目標に設定してチャレンジを続けて参ります。

 今後は07型カブの使用状況データやメンテナンス記事、近況報告やセミドキュメンタリー形式の小説などを随時掲載していく予定です。

  この小説の中に登場する『カブ吉くん』の描写部分は、ノンフィクションとなります。実際どのように乗られてきたのかが、皆様に分かるように書いています。少しでも参考にして頂ければとても嬉しく思います。それ以外の部分については、『読み物』として楽しんで頂けたらという思いから、若干の脚色が含まれています。

 

それでは、どうぞ宜しくお願い致します。                    

                                    

                                   管理人

 

 

2020年1月 カブ吉くん 近況報告

 皆さまこんにちは、スーパーカブ耐久チャレンジの管理人です。

 

 いよいよ新しい年が始まりました。皆さまにとっては、どのようなスタートの一ヶ月になりましたでしょうか? 

 ジョニーさんとカブ吉くんの走行状況は、1月中旬くらいまでは昨年の12月に引き続き、あまり寒さを感じる事なく過ごせる日が多かったので、その間は比較的穏やかなライディングが楽しんでいたようです。とは言っても、今年も去年と同じで『〇〇〇新春ツーリング』などと言う、年末年始を利用した趣のある行事は、全く実施される事はありませんでした。

 しかし、1月も下旬が近づいて来たあたりで、気象庁が雨や降雪の予報を出した事をきっかけに、通常はこの時期降雨も少ないので、スルーしがちになってしまうスリップサインの出始めていたカブ吉くんのフロントタイヤの交換を、ジョニーさんは急遽実施する事にしました(ツーリングに行く為ではありません。滑って転びたくないだけだと思いますが……)。

 雪が降ってしまうと、さすがのジョニーさんもカブ吉くんに乗るのをやめてしまうのですが、雨や霙交じりくらいの天気だと、普通に出掛けて行きます。ただ、やはり溝のないフロントタイヤでのライディングは、あまり気持ちのいいものではないので、この予報が出たタイミングでの交換となりました。

 これでフロントタイヤは、9本目の交換となります。当然、いつもようにフロントフォークオイルの交換も、併せて実施となりました。

 せっかくフロント廻りを外したのですから、ついでにいろいろな部分を点検して行きます。

 まずブレーキシューですが、167,000kmで交換して約7万キロを走行しておりますが、全く問題はありません。恐らくあとタイヤ二本分、距離にして約5万キロくらいは大丈夫なくらいシュー自体の残量がありました。

 ホイールベアリングの回転にも問題はなく、メーターギヤのグリスも充分に残っています。フロントフォークに入っているフォークスプリングの長さも、315mm弱の長さがあり、ほとんど13万3千キロ時に計測した値と変化がありません。

 バイク便などで使用されている250cc以上のマシン達は、やはり20万キロを超えて来ると、重量の関係からかホイールベアリングを粉砕してしまうマシン達が増えて来るのですが、カブ吉くんにその兆候は見られません。こういう部分では『軽量である』という事は、本当に重要な要素であることが分かります。

 また、このタイヤ交換の時には、エンジンオイルも一緒に交換しています。こちらも12月の交換と同じく、G2(10w-40)への交換です。先月は、交換から交換までの間に、エンジンオイルを補給する事はなかったのですが、1月は100ccほどの補給が必要となりました。気温的にそれほど暖かく感じていた訳ではないのですが、今月は信号で停車している時に、たまにオイルの焼ける臭いを感じる事がありました。

 きっと、その辺は非常に微妙な問題があるのだと思います。『寒い時期は一切オイルが減らない』というようになってくれれば、どれだけ気持ちが楽になるのかと考えると、ちょっとジョニーさんは悲しい気持ちになってしまいます。でも、こればかりはカブ吉くんも機械なので、修理をしない限りは絶対に直る事はないのです。

 

 このまま、何事も起こらずに1月も終わるのかと思っていた1月29日に、その出来事は起きました。

 その日、神奈川県の県央地域で仕事を終えたジョニーさんとカブ吉くんは、大分西側に傾き始めた太陽を背に受けながら、家路を急いでおりました。

 国道129号線を上り込み橋本を経由し多摩センター方面に向かっていた二人は、微妙に燃料が足りなそうな雰囲気を感じ取り、こちら方面に来た時にちょこちょこ給油する南大沢のガソリンスタンドに入って行ったのです。

 

 「191km走って、3.73 ℓ 入ったか……。って事は……、約51km/ℓ しか走ってないじゃん……」ジョニーさんは、カブ吉くんを不満げな目つきで見つめます。

『え~っ、僕のせいじゃないよ~。ジョニーがスロットルを開けすぎなんだよ~』カブ吉くんは必死に弁解をしています。

「まぁ、しょうがないか……。ともかく、ここからは少しゆっくり帰ろうかな」ジョニーさんはそう呟いた後、メインスイッチを入れ、スロットルグリップの脇にあるスタータスイッチを右手の親指で押し込みます。

「……、ぅうん、なんだ~?」ジョニーさんは、びっくりしました。

本来ならスタータモータによってエンジンが始動するはずなのですが、スタータモータは全く回転しません。それに、先ほどまで煌々と点いていたはずのニュートラルランプまで消えてしまっています。

「どうなっちゃてるの~」などと言いながら、スタータスイッチを使って始動を試みるジョニーさんですが、カブ吉くんはうんともすんとも言いません。メインスイッチを切ったり入れたりしてもダメです。ニュートラルランプは全く点かず、PGM-FI警告灯が細かく瞬きをするように微かに点いています。

 しかたなくジョニーさんは、カブ吉くんを給油ポンプの前から他の人の邪魔にならない場所に移動します。

『まずはヒューズの確認をしてみるか……』

 そう考えたジョニーさんは、右サイドカバーのビスを10円硬貨を使って緩めます。次に、ヘルメットホルダー近くに留められているトリムクリップを外します。そして、サイドカバーの内側にある15Aのメインヒューズと10Aのサブヒューズの両方を確認します。

「全然、切れてないじゃん……。どういうこと~……」ジョニーさんは困惑しています。

 

 その後、ジョニーさんは吉村さんに電話を掛けて、いろいろなアドバイスを受けたようです。

 カブ吉くんには、電気がまともに流れていない状況ではありますが、キックスタータを使用すれば、エンジンがなんとか掛かかる事が分かりました。ウインカーランプなどは、うっすらとしか点かなかったりしますが、なんとか気を付ければ走行する事が出来そうです。ジョニーさんとカブ吉くんは吉村さんのお店を目指して、『明るいうちに出来るだけ帰ろう』と、再スタートを切りました。

 走行を始めてしばらくの間は、ウインカーもまともに作動しない為、ジョニーさんは手信号を使いながら、進路変更をしたり減速をしたりして走行を続けます。しかし、聖蹟桜ヶ丘の手前辺りまで戻って来た時に、何気にニュートラルランプが煌々と点いている事にジョニーさんは気が付きました。

「あれ~、なんかさっきより元気になったみたいな感じだぞ……」ジョニーさんは、試しにウインカースイッチに指を掛けてみます。

『カチッ…カチッ…カチッ』規則的なウインカリレーの音と、正常に点滅するウインカーランプが確認できます。

「なんだか訳わからないけど、直ってるみたい……」ホッとするジョニーさんです。

「また壊れないでくれよ~、カブ吉~。吉村さんのところまで頑張ってくれ~」

 

 吉村さんのお店に到着した後、ジョニーさんと吉村さんで、スタータスイッチを交換してみたり、バッテリーを再充電してみたり、いろいろとやってみたのですが、すぐに原因は特定する事が出来んませんでした。

 しかし、一つだけどうしてもおかしな事があったのです。それは、カブ吉くんに付いているバッテリーが、無負荷だと13ボルト付近を表示するのですが、スタータスイッチを押した瞬間に、6ボルト付近まで急降下してしまうのです。通常ではありえない事です。その状況を、デジタルテスターを使って確認した吉村さんが口を開きます。

「ジョニー、これはたぶん『バッテリー突然死』ってやつだな……。ちょっと一回、ほかの元気なバッテリーに変えてみるか」吉村さんは、言うが早いかすぐに作業に取り掛かります。

 最初にバッテリ(-)ケーブルを取り外し、次にバッテリ(+)ケーブルを外します。サービスチェックカプラをバッテリケースカバーから外して、ケースを固定しているスクリュ2本を取れば、バッテリーはもう外せる状態になります。

「カブ吉の純正の『YTZ7S』は今ないから、この4アンペアのバッテリーを使ってみるか」などと言いながら、吉村さんはバッテリーの入れ替えを進めます。

「JA07型のバッテリー『YTZ7S』は6アンペアだけど、今走ってるJA44型は4アンペアだからな。一時的なら、何の問題もないだろう。スタータモータも普通に回ると思うぞ」と、吉村さんが言い終わる頃には、バッテリーの交換は終了していました。

「ジョニー、スタータスイッチを押してみてくれ」吉村さんが言います。

「うん、わかった。押してみるね」ジョニーさんはそう言いながら、右ハンドルカバーの中に右手を突っ込みます。

『キュルキュルキュル』と軽やかにスタータモータが回転し、カブ吉くんのエンジンは始動しました。

「やっぱり、バッテリーが原因だったな」吉村さんが頷きなが、ジョニーさんに話しかけます。

「本当だね、でも勘弁して欲しいよな……。燃料入れるのにスタンド入る前までは、何の不調もなく元気に走ってるんだよ~……。それで、燃料入れ終わって出ようと思ったら『バッテリー突然死』って、……そんなの、分からないっつうの……」ジョニーさんは不満顔です。

 

 現在カブ吉くんは、その4アンペアのバッテリーを仮搭載して、新しい6アンペアのバッテリーが来るのを待っているところです。

 バッテリーメーカーの話しを聞くと、製造設計的には10年は持つ計算で製品は造られているらしいのですが、カブ吉くんで使用されたバッテリーはそんなに持ちませんでした。

 使用環境的には、ほぼ毎日走っているので、悪い環境ではないはずですが、少し走り過ぎている感じがしないでもありませんので、設計寿命の10年を迎えられるような、ほどよい環境ではないのかもしれません。

 新車から付いていたバッテリー『YTZ7S』は、約4年3ヶ月、10万2千キロで交換しました。そして、今回ダメになった『YTZ7S』は、約5年4ヶ月で約13万6千キロです。なんだか、やっぱり納得出来ない感じのジョニーさんです。

 そんなジョニーさんの気持ちを察したかのように、吉村さんが口を開きます。

「そう言やぁ、年間5~6万キロは走るバイク便のマシン達に付いてるバッテリーも、大体2年に1回は換えてたなぁ~。そうやって考えてみると、容量の小さいバイク用バッテリーってのは、10万キロくらいしか持たないのかもしれねぇなぁ~。13万キロ走ったカブ吉のバッテリーは、充分持った方じゃねぇのかなぁ~」

「……、そうかもね。こんな小さい6アンペアのバッテリーだもんね……」

ジョニーさんは、カブ吉くんから外された『YTZ7Sバッテリー』を、じっと見つめていました。

 

 さて、新しい3個目のバッテリーを付けたカブ吉くんの2月の走りは、一体どうなるのでしょうか? 皆さま、お楽しみに!

                                   管理人

 

2020年1月末現在 全走行距離 238,692km

(1月走行距離 1,944km 燃費 55.23km/ ℓ )

月まであと 145,708km

 

 

 

 

 

カブ吉くん 月まで走れ(小説)-10

2011年3月 (その一)

 

 3月の第一週は2月末に降った雪の影響もあり、前半はあまりすっきりとした天候とはならなかった。それでも、週の後半になって少し持ち直しはしたが、立春から約1ヶ月が経過しているにもかかわらず、平均気温が6℃前後の寒々とした日々が続いている。

 第二週の月曜日もあいにくの雨のスタートとなり、3月8日の火曜日になってようやく晴れ間がのぞきはじめるという具合だった。

 そんな中、その火曜日の昼過ぎに、珍しくジョニーの四十年来の親友の田中が、ジョニーに電話を掛けてよこした。

『もしもしジョニーか? おまえ、明日時間とれないか?』いきなり切り出す田中。

「どうしたんだ突然に……。なんかあったのか?」ジョニーもぶっきらぼうに返事をする。

『もし時間がとれるんだったら、一緒に蒲田のバイク屋にR80を見に行かないか?』

「R80……、BMWか?」ジョニーは少し顔をほころばせながら答える。

『そうだ……、ちょっといい出物があってな……』田中の声からは、いい歳したオッサンが出来るだけ抑えようとしているのは分かるが、それでもワクワク感に胸をふくらませている感じが伝わってくる。

≪こいつも、昔と何も変わっとらんなぁ≫

そんな田中に、嬉しさと安心を感じながらジョニーは返事をする。

「分かった。ちょうど明日は立川にいるお袋のとこに用事があるんで、午前中は休むつもりでいたんだ。でも、その後にR80を見に行くとなると……、そうしたら、半日休みを一日休みに変えて、そのまま付き合ってもいいぞ」ジョニーは、ほぼ二つ返事で承諾する。

『そうか……、急なのにすまんな……。そうしたら、久しぶりに佐々喜で鰻でも食って、それからバイク屋に乗り込むとするか? お前、11時半くらいに蒲田に来れるか?』

「11時半か……、そうだな~多分大丈夫だろう。まぁ、もし遅れるようだったら先に『きも焼』でも食っててくれ。おっと、でも飲むんじゃねえぞ、タンデムで帰るのはイヤだからな」ジョニーが笑いながら釘を刺す。

『ハッハッハ、分かってるって。じゃあ、すまないが明日待ってるからな』田中の余韻を残す笑い声を最後に、その電話は切れた。

 翌日の3月9日水曜日、立川でジョニーのお母様の用事を済ませた僕たちは、10時20分過ぎに蒲田に向かって移動を開始した。

 甲州街道と環状八号線の渋滞を避けるために、ジョニーは中央自動車道の国立・府中インターチェンジの脇を抜けて、野猿街道の四谷橋方面に僕を走らせる。そして橋を渡った後、一宮交差点を左折し、川崎街道から多摩沿線道路へと進むルートを僕たちは選択した。

 途中、国道246号線と交差する二子橋付近で若干流れが悪くなったが、それ以外はほぼ順調に蒲田に向けて移動を続ける。第三京浜、そして中原街道の丸子橋を立て続けにくぐり抜け、ガス橋交差点を左折してガス橋を渡る。東急多摩川線下丸子駅そばの踏切を渡り、環状八号線との交差点を右折する。ここまでくれば、田中さんとの待ち合わせ場所までもう一息である。そして、その10分後、僕たちは約束の11時半を5分ほど過ぎてしまったが、無事田中の待つ店に到着した。

 年季の入った暖簾をくぐり、ガラガラと戸を開けて店の中に入ると、すでに田中はテーブル席で『きも焼』を頬張っていた。

「遅くなって悪いな。なんとか間に合うかと思ってたんだが、無理だったな……」

「問題ない。お前の事だから、全く間に合いそうもないのなら、とっくに連絡をよこすはずだからな。10分と遅れずに来ると思っていたよ」そう返事をした田中は、『きも焼』をお茶で流し込みながら複雑な表情をしている。

「やっぱりお茶じゃ、なんか違う気がするな……。あっ、お前のうな重はもう頼んであるからな。きも焼も食べるか?」田中が再び思い出したように言う。

「いや、きも焼はいらない。それよりお前、うな重のタレをご飯にちょっと多めに掛けてくれるように、ちゃんと頼んでくれたか?」ジョニーは心配そうに田中の顔を覗き込んだ。

「分かってるって、子供じゃないんだから心配するな……。それにしても、幾つになってもお前の『うなダレごはん好き』は変わらんなぁ」田中はアキレ顔である。

「まぁ、そう言うな。俺に言わせれば、極論するとうなぎはなくてもOKだからな。うなダレご飯だけで充分だ」ジョニーは自慢げに言い放った。

 その後、二人はこれから見に行くR80について、いろいろと話しを始めた。

「この前そこの店主と話しをしたら、どうやらそのR80は、ジーベンロックのボアアップキットが既に組み込まれているらしいんだ」田中は嬉しそうにジョニーに伝える。

そして、そのボアアップキットについて更に田中が説明をしようとしていたその時、

『ミシッ……、ミシッ……』

 建物の軋む音が僅かに聞こえた。と、同時に、船にでも乗っているかのようなゆっくりとした横揺れが始まり、そしてその振幅は次第に増していった。

地震だな……、この揺れ方だと結構大きいかもしれないぞ……」田中は冷静に言う。

「本当だ……、震源地はどこなんだ?」ジョニーも冷静を装いながら店のテレビの方に視線を移し、地震情報を気にしている。ちょうどそんなタイミングでテレビの画面が緊急地震速報に切り替わった。

『ここで地震津波に関する情報をお伝えします。午前11時45分頃、地震がありました。震源の深さは三陸沖、10km。地震の規模を示すマグニチュードは、7.2と推定されています。この地震震度5弱の揺れを観測したのは、宮城県栗原市登米市美里町です。揺れの強かった地域の方は、落ち着いて行動して下さい。また、この地震によって、津波注意報が出ています。津波注意報が出ているのは、岩手県宮城県福島県青森県太平洋沿岸です』眼鏡をかけた男性アナウンサーが、やや緊張した面持ちながら淡々と地震情報を伝えていく。

震度5弱か……、やっぱり結構揺れたんだな。被害とかがあまり出てないといいけどな……」ジョニーは本当に心配そうだ。

「お前のそういう言葉は、なんだか心に響いて来るな……。やっぱり、そういう経験をしている人間の言葉だからなのかな……。もう随分と月日が経っているけど、『日本海中部地震』があった時に、確かお前ちょうど秋田に居たんだよな?」田中が尋ねる。

「そうだな……。ちょうどその頃は、『東京⇔高崎⇔村上⇔秋田』をつなぐ大型の定期便に乗ってたからな。忘れもしない昭和58年5月26日の地震だ」ジョニーが答える。

「それで、その時は実際どんな感じだったんだ?」田中はジョニーからその時の地震の事を、詳しく聞いたことがなかったのを思い出し、再び尋ねた。

「そうか……、お前には詳しい話しをしてなかったかな……」と言いながら、ジョニーは一瞬遠くを見つめるように視線を動かした後、静かに話し始めた。

「その日の運行はとても順調だったんだ。国道7号線の秋田市に向かう朝の通勤ラッシュがちょうど一段落付いたタイミングで、雄物川に架かる秋田大橋を渡って秋田の市街地に入って行ったんだ。茨島(ばらじま)っていう国道7号と13号がぶつかる交差点を左折して、そのまま国道7号線をしばらく走って行くと、ちょうど市街地を抜けたところに男鹿半島に向かう道との交差点で『追分』っていう信号があるんだ。それを男鹿半島の方に左に入って行って、ちょっと行った辺りに俺たちがいつも荷物を積み降ろしする工場があるんだ。そこは割と海に近いところで、海からの距離はだいたい1.5kmくらい離れたところだったかな。まぁ、仕事はいつもやってる仕事だから、予定通り12時少し前に東京と高崎で積んだ荷物を全部降ろし終わって、車を一緒に転がして来た同僚と工場の前にあるいつもの食堂に飲みに行く訳だ。ここでモタモタしてて12時過ぎちゃうと、工場の従業員がどっと押し寄せて来て、座る席がなくなっちゃうからな。そういうところはちゃんと飲み始める時間も計算に入れて仕事をしているって訳だ。なんてったって定期便だからな」ジョニーはニヤリと笑って、昔を思い出しながらではあるが、鮮明に残っている記憶をたどりながら話し続ける。

「その日のテレフォンショッキングが、前日の『高石ともや』からの紹介で『小室等』だったんだよな。それを秋田で見るのを楽しみにしててさ~、店の扉をガラガラっと開けて店に入って右側を見ると、ちょうど『笑っていいとも』が始まったところだったんだ。それで、いつも座っているテーブル席に腰を落ち着けて、『おばちゃん、とりあえずビー……』まで言ったところで、ドーンと来たんだ」ジョニーは話しをしながらも、どんどん昔の感覚がよみがえってくるのか、少し顔を紅潮させながら話しを続ける。

「下からの凄い突き上げと激しい横揺れで、まず店のカウンターテーブルの上の壁が、右側からズドーンと落ちて、店の中にば~っと埃が舞い上がったんだよ。もうビックリしちゃってさ~、言葉なんて出ない状態さ。そうしたら、一緒に居た同僚が俺の頭の後ろを指さして、なんだか口をパクパクしてるんだよ。『なんだ?』って思って振り返ったら、俺の後ろにある業務用エアコンがもう少しで俺の方に倒れそうな勢いで揺れててさ~、慌てて身体を押し当ててエアコンの揺れを止めながら、『本当にヤバイぞ、これは!』なんて考えてたな……。天井は今にも崩れ落ちそうだし、店の中にいるより絶対外の方が安全な感じがしたんで、同僚に『外に出ろ!』って怒鳴りながら飛び出したんだ。

「外に出るのに、扉とかうまく開けられたのか?」田中が心配そうに聞く。

「あぁ、それは大丈夫だったな。ちょうど次の客が来て扉を開けた途端に店が揺れ始めたんで、その客はビックリして注文をしない上に、扉開けっ放しで逃げてっちゃったからな。行儀の悪い客で助かったよ」ジョニーは軽口を言う。

「ハッハッハ、本当だな。建付けの悪い建物なら、間違いなく扉は開かなくなるからな。それで、実際その時の震度ってどのくらいだったんだ?」建築関係に詳しい田中が相槌を打ちながら問いかける。

「確かマグニチュード7.7で、秋田は震度5だったと思うな……。でも、なんかそうやって言っちゃうと震度5くらいだと大した事なさそうな気がするけど、実際感じた揺れはかなり凄かったんだ。マジで店つぶれると思ったもんな……。それから、その時は津波の被害で死者が結構出たんだよ。ちょうど遠足に来ていた小学生たちが津波にさらわれて、十何人かが亡くなったんだよな。それ以外にも釣り人や護岸工事の人達とかで、全部で70人くらいの人達が秋田で亡くなったんじゃないかな……」当時を思い出しながら話すジョニーは辛そうだ。

「俺もそうだけど、秋田の人も含めて『日本海側に津波は来ない』っていう事を、漠然と信じているようなとこがあって、それも被害を大きくした原因の一つだったのかも知れないって言ってたな」ジョニーは残念そうに田中に告げる。

「まぁ、でもこの地震を経験してからというもの、俺は本当に地震だけはダメになったな……、怖くてしょうがない。台風や雷は,事前の情報が全くない訳じゃないから、ある程度準備をしたり、心構えが出来たりするんだけど、地震はダメだ……。本当に突然来るからな……。さっきのも、グラッと着た瞬間、本当に緊張したもんな……」

 そんな話しをしているところに、丁度よく注文してあったうな重が運ばれて来た。一言二言、店員と先ほどの地震の話しをしながら、二人はその運ばれて来たお重の蓋を開ける。湯気の立ち上る熱々のうな重に歓声を上げながらも、さらに地震の話しを二人は続けた。そして、その話しがようやく落ち着いた後は、今度はこれから見に行く『BMW R80』の話しへとまた戻って行った。

 その後二人は、食事を終えてからバイク屋に足を運んだ。そして、その『BMW R80』を細部までしっかりと確認した。

『エンジン音も問題ないし、オイル漏れ等もないようだ。オドメーターは約4万5千キロを指しているが、ほかの部分と併せて考えてみても妥当だろう。タイヤは前後ともメッツラーの8分山でまだまだ走れるし、ワンオーナーの上物である』二人の意見は一致した。

 そして交渉の結果、左右のパニアケースも全て付けてくれる事となり、田中さんはめでたく『BMW R80改』のオーナーとなった。

「まったくお前がスーパーカブ買ってニコニコしながら見せびらかしに来るから、こっちまでムズムズして来て、結局こうなっちまった」口では文句を言っている田中さんだが、顔には満面の笑みがたたえられている。ジョニーも晴れやかな笑顔だ。

 その後、田中さんは店側と納車日の確認を済ませ、全ての手続きが終了した。

「ジョニー、今日はありがとうな。納車されたら、また見せびらかしに行くよ」田中さんが嬉しそうにジョニーに挨拶する。

「おう、分かった。見せに来る途中でコケるなよ」ジョニーも冗談まじりに返事をする。

二人はお互いに軽く手を上げた後、田中さんは仕事で使っている軽バンに乗り込み環状八号線の外回り方面に向かい、僕たちは第一京浜の上り方面へとそれぞれの帰途へ着いた。

(その二)に続く

 

2019年12月 カブ吉くん 近況報告

 皆さまこんにちは、スーパーカブ耐久チャレンジの管理人です。

 

 12月の東京の天候は前半は雨が降る日が比較的多く、中盤以降は12月らしい寒さを感じる日と暖かい日が交互にやってくるような感じで、全体としては長期予報で言われていた通りの、12月としては暖かい月だった印象があります。

 

 12月のカブ吉くんの走行エリアは、ジョニーさんの年末の挨拶回りのお供もあったので東京23区内を中心に、多摩地区、埼玉県南部、神奈川県東部及び県央部といった広い地域が対象となりました。

 

 

 今年の紅葉シーズンは、鮮やかに色を変えた山々を訪れる事が出来なかった二人でしたが、12月は走行エリアも都区内や市街地が中心になる事もあり、紅葉もちょうど山から街に下りて来た良いタイミングというのもあって、

「それならば、今年は仕事をしながら『東京都内』で紅葉狩りを楽しむというのも、逆に乙なものなんじゃないの?」と言う事をふと思いつき、即実行と相なりました。

 

 『東京都内』と聞くと、何だか紅葉狩りのイメージが湧かないような気もしますが、実は東京都は、面積的には狭いのですが、都市公園保有数としては全国一位を誇っています。ビルだらけのコンクリートジャングルですが、よく見てみると結構大小さまざまな公園が点在している事に気が付きます。

 

 12月某日、日本橋人形町で少し早めに仕事を終えたジョニーさんとカブ吉くんは、

「カブ吉、まだちょっと暗くなるまで時間がありそうだから、たまには遠回りして帰ろうか」という、ジョニーさんの一言で、都内の帰宅がてらの紅葉狩りが決定です。

 二人は、日本橋堀留町のあたりから裏道を使って昭和通りにでます。年末で渋滞している四輪車達を尻目に、昭和通りに合流したジョニーさんとカブ吉くんは、日本橋から鍛冶橋通りに向けて快調に走り出しました。

 一つ目のアンダーパスで永代通りをくぐり抜け、その先、二つ目のアンダーパスの側道に出た二人は、地下鉄の宝町駅のある交差点を右折して鍛冶橋通りに入って行きます。2013年からブリヂストン本社が入居している京橋の東京スクエアガーデンの前を通り過ぎ、東京駅と有楽町駅の間にあるガードをくぐり、東京国際フォーラムから丸の内仲通りへの街並みを楽しみながら、日比谷通りへと進んで行きます。

 そして、皇居のお濠を右手に見ながら2~3分も走れば、もう日比谷公園に到着です。わざわざ中に入って散策をする訳ではありませんが、公園の内部に視線を向けると、広葉樹と針葉樹の程よいバランスで、黄や赤や緑に鮮やかに色づいた樹々達が、自然の色彩を楽しませてくれます。

 二人は公園の南端にある日比谷図書館前を、右に回り込むように通過して行きます。

霞が関を通り過ぎ、国会正門前から憲政記念館前、国会図書館前へと走り抜けていき、その後、一瞬だけ青山通り(国道246号線)を通り、赤坂見附の陸橋は渡らずに側道から赤坂見附の交差点を右折します。

 弁慶橋を渡り、クリスマス・イルミネーションで飾られた東京ガーデンテラス紀尾井町(旧赤坂プリンスホテル)の前を過ぎると、今度は右手に小さいながらも趣のある清水谷公園の紅葉が目に飛び込んで来ます。二人はそれをチラリと横目に見ながら、突き当りの交差点を左折し、紀尾井坂をニューオータニ方面に上って行きます。こちらのホテルも決して派手ではありませんが、毎年シックなクリスマス・イルミネーションで目を楽しませてくれます。

 その先、外堀通りにどんと突き当たったら、今度は右折し、更に次の信号を左折します。迎賓館赤坂離宮の豪華な宮殿建築を左手に眺めながら、明治神宮外苑の絵画館とイチョウ並木を目指します。

 東京の木である『イチョウ』が、青山通りから絵画館に向けての300m程の並木道を黄色に染めるこの時期は、新国立競技場のオープンも近い事から、多くの人々で賑わっていました。イチョウ並木も、見ごろは過ぎているとは思うのですが、まだまだたくさんの黄色に輝く葉を付けて、充分に二人を楽しませてくれたようです。

 

 

 さて、カブ吉くんの近況ですが、今月の整備としてはエンジン・オイルの交換が一回ありました。寒さも段々増してくるこの時期に、G2(10w-40)を使用している事は、初めての経験となります。エンジンの始動に関しては、掛かりにくい等の問題は取りたててありません。スタータモータを使っての始動時に若干重さを感じますが、カブ吉くんに現在ついているバッテリー(2014年10月に交換後、13万4千キロ使用)の問題もあるので、オイルの粘度が原因かどうかは現時点で判断は出来ません。

 

 燃費に関しては、12月は2,000kmを走行して、55.17km/ ℓを記録しています。過去のデータと比較しても、それほど大きく落ち込んでいるという感じではないようです。ちなみに、この燃費はカブ吉くんが走り始めてから二番目に低い数値となります。(一番低かったのは、2012年12月に記録した53.28km/ℓ(走行距離 1,614km)です)

 ジョニーさんのカブ吉くんの乗り方が、短距離移動の繰り返しのような使用方法ではないので、この程度の燃費低下で済んでいるという事は、あるのかもしれません。

 それ以外の過去データを見てみると、昨年の12月が55.58km/ℓで、一昨年の12月は55.76km/ℓ を記録していますが、これは、今年使っているエンジオイルとは異なる、G1オイル(10w-30)での数値となります。

 そういう事を合わせて考えてみても、40番のエンジンオイルを使用している今年の12月の燃費は、充分に妥当な数値であるような気が致します。

 いずれにしろ、寒さが本格化する1月と2月のデータが出た所で、あらためて検証してみたいと思います。

 

 それから、40番のオイルを使用している事のメリットが一つあった事を報告させて頂きます。11月の近況報告ではあえて書かなかったのですが、オイル交換からオイル交換までの間で、エンジオイルを補給する量がかなり減少しています。そして、マフラーからの排煙やオイルの焼けるような臭いを感じる事も、ほぼなくなっています。

 これは外気温が低下して来た事と、エンジンオイルの粘度(硬さ)が明らかに関係していると思われますが、こちらの件も気温の上昇とともに、また元通りになってしまう可能性も充分あるので、しばらくの間様子を見て行きたいと思います。

 

 エンジンオイル以外では、例年のとおりブリーザドレンパイプに溜まる液体が非常に多くなっているようで、それが少し気になります。

 最近、ジョニーさんは国道246号線を使う頻度が高くなりました。この国道は法定速度で走行できる区間が長く、カブ吉くんも高回転を使う時間が長くなっているので、それが一つの原因として考えられます。

 昔は、一週間に一度くらい週末のメンテナンス時に排出をすれば大丈夫だったのですが、最近は週の半ばで一度排出してやらないといけないくらい溜まるようになってきています。

『吉村さ~ん、この3倍くらい長いパイプな~いの?』などと、ジョニーさんは吉村さんにおどけて聞いていますが、

『そんな物はな~い!』と、吉村さんは冷たい返事です。

 

 2019年の近況報告はこれで終わりとなりますが、今年は一年間の走行距離が22,274kmという結果に終わりました。ロング・ツーリング等も行く事が出来なかったので距離も延びず、目標としている月間平均2,000km走行もクリアする事が出来ませんでした。

 年間を通じての燃費は、上記の距離を走るのに390.6 ℓを消費し、57.03km/ℓ となりました。もう少しで、56km/ℓ 台に突入というきわどい所でした。

 

 それでは、皆さま一年間お付き合い頂き、大変ありがとうございました。

 

 年末年始も、凍結に十分に注意をして、オートバイをお楽しみ下さい。

                                    

                                    管理人

 

2019年12月末現在 全走行距離 236,748km

(12月走行距離 2,000km 燃費 55.17km/ℓ )

月まであと 147,652km

 

 

 

 

 

カブ吉くん メンテナンス(ハンドル廻り編)その四

(その四)

 

【フロントブレーキケーブル】

 次は、フロントブレーキケーブル(以後、ブレーキケーブル)の話しをします。

別の記事でも書いたことがありますが、この部品は『JA07型スーパーカブ』の数少ない『定期交換部品』の内の一つです。

 『定期交換部品』とは、メーカーがその部品の持っている性能や性質を維持するために、メーカーが設定した『使用する期間』や『走行する距離』が経過したら、定期的に交換する事を指定した部品の事です。ちなみに、『JA07型スーパーカブ』のブレーキケーブルの交換時期は、『初回3年目、以後2年毎交換』となっています。

 それ以外のJA07型スーパーカブの『定期交換部品』は、『エアクリーナエレメント』と『エンジンオイル』だけしかありません。

 そうです、エンジンが空冷式のカブ吉くんのタイプでは、冷却水の交換も必要ありませんし、遠心式オイルフィルタロータという素晴らしい機構を使ってエンジンオイル内のスラッジや異物を分離してしまうので、通常のオートバイに付いているオイル・クリーナはありません。ですから、それの定期的な交換もありません。ブレーキもクラッチも油圧式ではないので、ブレーキやクラッチフルードの交換もホース類の交換も必要がないのです。

 これは、ある意味メーカーの耐久性への自信の表れと言っていいのでしょうか? もし、そうだとしたら、この三つの『定期交換部品』とタイヤやプラグなどの消耗品さえキチンと換えていれば、この『スーパーカブ』はどこまでも走り続けられるような気がして、なんだかワクワクしてしまいます。

 確かに昔からスーパーカブを使っている人達に言わせると、『カブなんか、オイルだけきちんと換えてりゃ~、一生もんだぞ~』なんていう話しを、よくしていたような気がします。

 それ以外に定期交換部品として指定させている『ブレーキケーブル』も、吉村さんに聞くと『カブの50ccや90ccに乗っているライダー達から、「何年使ったから交換してくれ」なんて言われた事は一度もねぇと思うなぁ』という話しが聞けました。

 また、毎日乗ってるけど、距離はそれほど走らないという使い方が多いせいなのか、そういうカブ達ではめったに『ブレーキケーブルが切れた』というトラブルで持ち込まれる車輛もなかったようです。

 この時代のスーパーカブの扱いは、『壊れたら直す』というのが基本です。予防整備的な、事前の部品交換などはあまり行われていなかったのが真実かもしれません。

 

 しかし『JA07型スーパーカブ』に関しては、ここのところ『ブレーキケーブルが切れた』という話しが、ちょこちょこ耳に入って来るようになりました。2009年6月の発売ですから、その時からすぐに走り始めたマシン達はもう10歳になっています。そうすると、定期交換部品のブレーキケーブルは、きちんと交換されていれば既に4本目を使用している事になるのですが、ジョニーさんのカブ吉くんをはじめ、まだ一度も交換をされていないマシン達もたくさんいるのではないでしょうか?

 ジョニーさんは、今年の冬支度整備の時に交換すると言っておきながら、『なんか、もう少し大丈夫そうだなぁ~』と呟いて、見事に交換をスルーしました。まぁ、カブ吉くんのブレーキケーブルは、ジョニーさんが無理やりケーブルのゴムブーツを外して給脂してしまうので、もう少し使えそうな気もしますが、これはあまり一般的な事ではありませんので、そういう整備に興味のない方はご注意をお願い致します。

 

 昔はあまりなかったブレーキケーブル破断のトラブルが、『JA07型スーパーカブ』になってからちょこちょこ聞こえてくるようになった事と関係するかどうか分かりませんが、先日ジョニーさんと吉村さんが興味深い話しをしていたのでご紹介します。

 

「吉村さん、なんだか最近インターネットを見てると、10万キロ超えて走っている07型カブが結構いるみたいなんだよねぇ。『みんな元気に走ってるんだよなぁ~』と嬉しく思う反面、『ブレーキケーブルが切れた』っていう話しもちょこちょこアップされるようになって、『あれっ? 昔はこんな話しあんまり聞かなかったよなぁ』なんて、ちょっと気になるんだよね……」ジョニーさんが自分の事のように吉村さんに話しかけます。

 

「おっ、そうかい。ジョニーみたいに頑張って走ってるライダー達が結構いるって事は、そりゃぁ凄い事だな」吉村さんは相槌を打ちながら、さらに続けます。

「でも、さすがに今はワイヤーケーブルを使って動作するブレーキも少なくなって来ちまったから、レバー握った時の違和感に気付くライダーなんて、あまりいないのかもしれねぇな~。50ccあたりからステップアップしてきたライダーなら、一応ドラムブレーキは経験済みだろうけど、それでもきっと分からないと思うな。ましてや、その上のクラスから乗り始めちゃうと、カブ以外はだいたいが油圧ディスクだからな~、まずレバータッチの微妙な変化じゃ分からねぇだろうなぁ」吉村さんは難しい顔をしながら、ジョニーさんを見ました。

 

 ジョニーさんと吉村さんの話しを要約すると、『スーパーカブ110』になってから多くの走行距離を記録するマシンが増えたし、走行する速度域も高くなっているので、フロントブレーキへの負担が非常に大きくなっている事が伺えます。

 まだ、一度もブレーキケーブルを変えていない方々がおられましたら、今度の正月休みにはジョニーさんも交換すると宣言していましたので、是非この機会にご検討をしてみて下さい。

 

【スロットルケーブル】

 このケーブルに関しては、カブ吉くんの使用状況を考えてみる限り、耐久性に問題はほぼ発生しないと思われます。

 ジョニーさんは、スロットルの遊び調整をする時に、スロットルボディ側のワイヤーケーブルに若干のほつれを見つけたので、吉村さんに頼んでスペアケーブルを発注してストックしていますが、当面ケーブル交換の予定はなさそうです。

 

 皆さま、長々と『ハンドル廻り編』にお付き合い頂き、大変ありがとうございました。

 その一からその四まで、いろいろな部品のお話しをして来ましたが、今回で『ハンドル廻り編』は、一応最後にしようと思います。

 ウィンドシールドやびびり音対策など、まだお話ししたい事もたくさんあるのですが、また別の機会に譲りたいと思います。

 

 次回といっても、いつになるかよく分かりませんが、次のカブ吉くんメンテナンスは、『エンジン廻り編』の予定です。

 

 お楽しみに。

                                   管理人

 

 

 

 

 

カブ吉くん メンテナンス(ハンドル廻り編)その三

(その三)

 

 次は、三種類あるワイヤーケーブルについてお話しをさせて頂きます。

 

【スピードメータケーブル】

 皆さまが一番経験される可能性の高いケーブル関係のトラブルと言えば、このスピードメータケーブルの破断ではないでしょうか?

 実際、カブ吉くんのスピードメータケーブルは、一本目が10万8千キロ時に破断しています。そして二本目は、予想では20万キロを超える距離まで頑張るのではないかと思っていたのですが、一本目ほど持たずに6万9千キロほど走った17万7千キロ時にやはり破断しました。そして、現在は三本目のスピードメータケーブルで、23万4千キロを過ぎたところです。

 ジョニーさんも長い間オートバイに乗っているので、経験上スピードメータケーブルが切れる兆候が出始めると、何となく『ぼちぼち切れるかな?』と、それとなく気が付いていたりします。ベテランのライダー達もそうだと思うのですが、今までスムーズに安定して速度を示していたスピードメーターの針が、ユラユラと微妙に文字盤の上で振れるようになってくると、『もうそろそろ寿命だぞ』というサインなのです。

 当然ジョニーさんは、耐久チャレンジをやっていく中で、エンジンの耐久性だけではなく、カブ吉くんのすべての部品に対して耐久性の確認をしていくつもりで、毎日走っています。しかし、今回皆様にお伝えしている『ハンドル廻り編』の中に出て来る部品は、スイッチ類もワイヤーケーブル類も含めて、決して『高耐久伝説を持つスーパーカブ用』の特別な部品が使用されている訳ではありません。

 長さや大きさの違いはあれども、『スーパーカブの耐久性』に興味を持たれている皆さまがどういう物を想像されているか分かりませんが、実際に使用されている部品はごくごく普通の部品なのです。

 『あの伝説的な耐久性を持つスーパーカブなのだから、何もしなくても、いつまでも走り続ける事が出来るだろう』などと思っている方がいるとすれば、それは大きな間違いとなります。

 『スーパーカブ』は、オートバイという種類に属する輸送用機器の一つの製品です。その性能は、必要なメンテナンスをする事によって、はじめて十分に発揮する事が出来るものなのです。また、その性能の維持も同様となります。掃除以外のメンテナンスがほぼ不要な電化製品とは、同じ工業製品ではありますが、全く種類の異なるものとなります。

 

 しかし、ジョニーさんの経験からも、新車から付いているスピードメータケーブルが、38万4千4百キロを走り切ることなど不可能な事は、最初から分かっていたのです。何故なら、今まで乗って来たオートバイ達は、早いときは5万キロくらいで切れていたりしたのですから。

 それでもジョニーさんには、『カブ吉にせっかく付いて来た部品なんだから、みんな少しでも長く使ってやりたい』という思いがあるのです。

 ただ、耐久チャレンジを進めていくにあたり、『過剰な整備をする事無く、耐久性を確認する』というルールもあるので、ハンドルカバーの脱着を実施する夏支度整備と冬支度整備のどちらか一方で、年一回のグリスアップや給油をする事に決めていました。

 そして、4年と6ヶ月の時間が過ぎ、10万8千キロを超えたところで、一本目のスピードメータケーブルは、ハブ側から10cmくらいの場所で破断していました。一年に一度は必ず古いグリスを拭き取って、新しいグリスを塗り込む『カブ吉くん』のスピードメータケーブルでさえ、4年半の寿命だったのです。

 機械式のスピードメーターでは、ケーブルが一度切れてしまうと、新しいケーブルが来て、それに交換するまではスピードメーターは一切動きません。正確な速度も分かりませんし、何より悲しいのは走行距離計も動かないという事です。

 月までの38万4千4百キロを目指して、一キロ一キロを積み重ねているジョニーさんとカブ吉くんにとっては、それが一番つらい事かもしれません。

 

 また、ここまでお読みになって『自分も一度、ケーブルのグリスアップ整備をしてみようかな?』と、思われた方がいらっしゃったら、一つだけご注意をお願い致します。 それは、少し技術的な事なのですが、スピードメータケーブルがメーター裏に取り付けられている角度を、変更してはならないと言う事です。

 JA07型スーパーカブの場合、スピードメータケーブルのコンビネーションメータへの取り付けは、メーターの裏側を真下から見た状態で、ライダー側を0°の基準として、左グリップ側に65±5°で取り付けるように細かく決まっています。

 参考までに、下記にサービスマニュアルを一部抜粋した資料を掲載しますので、ご参考にして頂ければ幸いです。

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 カブ吉くんの二本目のスピードメータケーブルの破断位置は、一本目と違いコンビネーションメータへの取り付け部に近い位置での破断でした。この二本目のスピードメータケーブルが予想より早く破断してしまったのは、恐らくこの取付角度をジョニーさんがきちんと守らなかった事で、ケーブルの微妙に曲がっている部分に過度の負担が掛かったせいではないかと思われます。

 すべてのマシンが『カブ吉くん』と同じようなタイプではなく、ストレートにメーター裏に取り付けられているマシンもあるので、よく確認をしたうえで整備をして頂ければ大丈夫だと思います。

 このような『ワイヤリング図』をよく見てみると、コンビネーションメータの裏側から下方に延びて行くワイヤーケーブル類にも、ちゃんと並ぶ順番がある事が分かります。

 進行方向側から、スロットルケーブル、フロントブレーキケーブル、スピードメータケーブルの順番で並んでいます。

 マシンが市販されるまでに、メーカーが様々なテストを繰り返した結果、『一番動作がスムーズで、ワイヤケーブルに負担が掛からない』という順番がここに記載されています。

 『オートバイ』という素敵な乗り物の秘密に、もうちょっとだけ深く触れてみる為に、たまにはこんな『サービスマニュアル』などを覗いてみるのも楽しい事かも知れませんね。

 

(その四)に続く

                                   管理人

 

 

 

 

2019年11月 カブ吉くん 近況報告

 皆さまこんにちは、スーパーカブ耐久チャレンジの管理人です。

 

 11月の上旬から中旬にかけては、比較的気温も高く、20℃を超える暖かい日が何日もありました。雨もほとんど降らなかったので、ジョニーさんとカブ吉くんは毎日快適に走行を楽しんでおりました。

 しかし、下旬になった途端に冷たい雨が連日降り続き、最高気温も20℃どころか10℃にも満たない、冬のような日々が突然襲ってきました。

 ジョニーさんは、急遽ライディングウェアを冬用に変更してみたりしたのですが、まだ身体の方はその寒さに完全に順応しきれていません。

『寒いよう……、手が濡れて冷たいよう……』

などとブツブツ言いながらも、何とかその寒さに慣れていくために、頑張って走り続けているジョニーさんとカブ吉くんでありました。

 

 カブ吉くんの11月の走行エリアは、23区内から多摩地区南部、神奈川県川崎市から横浜市を主に走っていました。

 月間の走行距離は1,608kmで、下旬の天候悪化に伴い距離が延びず、先月より約300kmほど少ない走行距離になっています。

 燃費もあまり伸びず、今月の月間平均燃費は55.83km/ℓ にとどまりました。この燃費は、2010年から走り始めて、11月の月間平均燃費としては最低の記録となります。

 とは言うものの、この燃費は過去に記録している最低燃費(2012年11月)とそんなに大きな開きがある訳ではなく、その差異は僅か0.3km/ℓ 程のものです。

 また、その燃費が低下した理由も比較的明確なので、ジョニーさんも吉村さんも、あまり心配する事はないと考えているようです。

 カブ吉くんは、今年の3月前半にマフラーから少量の煙りを噴くようになってから、使用オイルを10w-40(ウルトラG2)に変更しており、ジョニーさんは吉村さんと相談をして、それを今後の常用オイルとする事に決めています。

 今までもこの10w-40のオイルは、夏場の走行や中・長距離ツーリングで使用をしていましたが、外気温が下がり始める10月以降のオイル交換のタイミングで、その時点での常用オイルである10w-30(ウルトラG1)に必ず戻していました。

 ですから、カブ吉くんがこの時期に40番のオイルを使用しているという事は、新車以来初めての出来事なのです。

 当然、現在では比較的硬い分類に入る40番オイルですから、外気温が下がったこの時期に、エンジンがG1の30番オイルを使っている時のように、軽く回る事はありません。

 燃費もそれに伴い、悪化する事が普通です。でも、それが今回のように0.3km/ℓ くらいのダウンであるならば、二人は全く問題がないと考えているようです。

 また、オイルの減り方も、外気温の下がってきた11月は、10月までと比較して若干少なくなっています。そういう理由から、停車中や走行中に、オイルの焼けた臭いが漂って来る事も、回数があきらかに減っています。

 なんだかこうやってお伝えしていると、カブ吉くんの状態がだんだん良くなっていって、ひょっとすると直ってしまうのではないかというような錯覚に若干陥りますが、残念ながらそういう事は絶対にありません。

 人間も含めた動植物には『自然治癒力』というものがありますが、人間が造った機械には基本的にそういうものはないのです。機械というものは、一度受けたダメージは、人間が修理や整備をしない限り、絶対に直る事はありません。

 

 次は点火プラグの話しをしたいと思います。

  今月のカブ吉くんは、235,000kmに近くなって来たので、5,000km走行毎に実施している恒例のプラグ交換(46回目)をしました。

 現在使っているプラグは、標準熱価の純正のデンソー製です。今回も電極の焼け方はとても綺麗で、オイルで汚れているような事は全くありませんでした。

 

 話しは少し変わりますが、ジョニーさんはこの5,000kmに1回実施されるプラグ交換を、実はかなり楽しみにしているのです。

 皆さまは『スーパーカブ』のような単気筒エンジンで、クロスフロー型のシンリンダヘッドを持つエンジンは、シリンダ内に突き出たプラグの接地電極の向きによって、エンジンのフィーリングが結構変化する事をご存知でしょうか?

 プラグの中心電極が接地電極の影にならず、開かれた状態で吸入側に向いている場合は、明確な爆発パルスを伴った力強いフィーリングとなる場合が多くなります。

 逆に接地電極が吸入側に対して背を向けた状態で、中心電極が影になるような場合は、そのような明確なフィーリングは弱くなります。

 

 カブ吉くんではやりませんが、ジョニーさんは過去に乗っていたそれ以外のマシンでは、10本くらいのプラグを用意した上で、1本1本の接地電極の向きをマーキングして、吸入側に影を作らないものを優先して取り付けるというような事をしていました。

 多気筒のマシンではあまり変化がわかりませんが、単気筒はかなりフィーリングが変わるのです。面白いので、宜しければお試しください。

 でも、あまり調子に乗って楽しんでしまうと、お家の中がプラグ屋さんになっちゃうんで気を付けてくださいね。

 

 それでは今月の最後に、久しぶりにブリーザドレンの話しをしたいと思います。

 

 ここに来て外気温が急に低くなり、また降雨の為に湿度が高くなっているせいで、ブリーザドレンチューブに未燃焼ガスが液化したものが、急激に溜まるようになってきました。

 また、このところカブ吉くんは国道246号線(法定速度で走れる区間が長い)の走行が多いので、高回転を多用しているという事もあるのかもしれません。 

 ブリーザドレンチューブに溜まる量も結構多いので、一週間に一回のメンテナンス時では追いつかず、週の半ばで気が付いた時に排水をしている状態です。

 そういう事を考えてみると、やはりピストンリングのシール性能も確実に落ちているのかも知れません……。

 まぁ、最初にも書きましたが、カブ吉くんにとって『ウルトラG2 10w-40』で走る初めての冬になるので、ジョニーさんは吉村さんとも相談しながら、カブ吉くんの様子を注意深く見守っていくつもりのようです。

 

 

 ジョニーさんにとって、もう『カブ吉くん』はたんなるオートバイではありません。

 ジョニーさん自身も、長い人生の中盤以降は、病気を抱えながらも、それとうまく付き合いながら生きて来ているという経験があります。

 『カブ吉くん』も、20万キロくらいまでは何の問題も起こらずに絶好調だったのですが、でも、ここに来てちょっとずつ色々な問題が起こるようになって来ました。

 そんな問題の一つひとつが、何故かとても人間の人生と似ているような気がして、ジョニーさんは『カブ吉くん』を放っておけないように感じているのです。

 だから、ジョニーさんは寒い中でも『カブ吉くん』のメンテナンスをおろそかにはしませんし、また、それが面倒でもイヤでもないのです。

 昨日も短い時間でしたが、ニコニコしながら一週間頑張って走ってくれた『カブ吉くん』のチェーンに給油をしたり、エンジンオイルの量を確認したり、ちょこちょこと掃除したりしていました。

 きっと、これからもジョニーさんとカブ吉くんは、ずっとこんな感じでやっていくような気がします。

 何の変哲もない日常の時間の流れですが、『ちょっと暖かくて、素敵な時間の過ごし方だな』と、管理人は思っています。

 

 今年もあと1ヶ月です。少し寒くなりましたが、皆さまも気を付けてオートバイをお楽しみください。

                                  管理人 

 

2019年11月末現在 全走行距離 234,748km

(11月走行距離 1,608km 燃費 55.83km/ℓ )

月まであと、149,652km

 

 

 

 

 

 

 

2019年10月 カブ吉くん 近況報告

 先月に引き続き、10月12日(土)に大型で強い勢力を保ったまま伊豆半島に上陸した台風19号は、静岡県関東甲信越、東北地方に記録的な大雨を降らせ、大規模な河川氾濫や土砂災害を引き起こしました。また、この災害によって多くの方々が亡くなられたり、行方不明になったり、お怪我をされたりしたようです。生活の基盤となる住宅や福祉施設等にも大きな被害が出ているとの事で、大変心を痛めております。

 改めて被災された方々には、一日も早い復旧を祈りつつ、心からお見舞いを申し上げます。

 

 

 皆さまこんにちは、スーパーカブ耐久チャレンジの管理人です。

 今月は、いつもの近況報告とちょっと違う形で書いてみました。お読み頂ければ幸いでございます。

 

 

 ジョニーさんは、ちょうど台風が上陸しそうだと予想されていた10月12日土曜日に、運悪く神奈川県湘南地区の仕事を一つ抱えておりました。大きな被害が出た先月の台風15号のこともあったので、そういう理由からも、今回の台風19号の進路や勢力を、ジョニーさんは大変に気にしておりました。

 その台風19号は、5日の月曜日未明にマーシャル諸島近海で熱帯低気圧として発達し、6日の日曜日未明に台風となりました。その後、台風は平年よりも高い海水温の領域を通過しながら急速に発達し、発生から僅か39時間後には中心気圧915hPaという猛烈な勢力を持つ台風に変化して行ったのです。

 そして、7日の月曜日の夜の段階で、この台風の今後の予想される勢力や進路は、次の通りと発表されました。

『台風19号は、このままの猛烈な勢力を保ちながら北上し、小笠原諸島に東側から接近した後、若干勢力を弱めながらも北上を続け、本州に上陸する可能性が非常に高いでしょう』という発表が気象庁より出されました。

 ジョニーさんも仕事先のお客様も、業務関係者の手配の問題があるので、直前での変更は出来ません。変更のタイムリミットは9日水曜日の夕方が限度です。

 ジョニーさんは、その日の朝から仕事先のお客様と連絡を取り合って、調整を進めて行きます。その仕事が翌週に延ばせるような内容のものであれば、何も問題もないのですが、12日土曜日若しくは13日の日曜日の二日間に、どうしても完了していなければならない仕事だったので、この難しい調整が必要となっているのです。

 その後、台風情報を細部にわたり検討し、連絡を取り合いながら調整を進めた結果、『台風の本州上陸のタイミングとは、少しでもずらした方がいいだろう。一日遅らせれば、うまくすれば台風は関東を抜けているかも知れない……』と、いう事となり、結局12日土曜日の仕事は13日の日曜日へ変更となりました。 

 しかし、そうなると、また別の問題が持ち上がってきます。それは、先月と同じようにこの台風に合せて公共交通機関等が計画運休を予定している事です。主に関東地方の電車などは、12日土曜日の早い時点から随時運休になり、13日の日曜日の午後にならないと運転を再開しない予定のようです。

 ジョニーさんは、この時点で13日の日曜日の仕事先への移動は、風雨がまだ強く残っているようなら『四輪車』を選択し、もしそうでないなら『カブ吉くん』で移動する事を考えていました。

 

 10月12日土曜日は、そんな訳で急にお休みにしてしまったので、朝から台風に備えていろいろな準備をして行きます。断水や停電に備えて飲料水を用意したり懐中電灯の電池を確認したり、窓ガラスが破損した時にそのガラスが飛散しないようにテープを貼ったりと、結構やることがあります。

 カブ吉くんもカバーが被せられて、そのカバーが風をはらんだり、飛んでいかないようにするために、きつくバンドが掛けられます。そして、万が一にも転倒する事の無いように、駐輪する位置も家の壁と乗用車の狭いすき間に変更します。

 そんな感じで、ジョニーさんの家では台風対策が徐々に進んで行きます。また、テレビからは台風の進路に予想される各地域から、最新の台風情報が次々と流れてきます。

 台風の移動速度がそれほど速くないので、上陸まではまだまだ時間が掛かるのだろうと思っていた朝の8時過ぎに、千葉県で竜巻が発生したとの一報が入ります。ジョニーさんのいる場所ではまだ静かですが、確実に台風は近づいて来ています。朝から断続的に強い雨が降り続き、奥多摩方面や秩父方面での降水量が非常に多くなっているという情報が入って来ます。テレビでは『この影響で、多摩川や荒川の水位が上昇するので、厳重に警戒をして下さい』と、女性アナウンサーが淡々と現状を伝えています。

 

 この台風は風の強さもさることながら、先月の台風15号が概ね600km(だいたい東京と大阪の距離)くらいの渦を巻いていたのに比べると、今回の台風19号は日本列島がほぼすっぽりとおおわれてしまうくらいの巨大な渦を持つ台風になっています。

 そんな理由もあって、台風本体の雨雲が掛かる前から大量の水蒸気が流れ込み続け、さらに大きな雨雲を発生させる事となりました。また、その台風が接近する前に、列島の上空にあった寒気が南下し、関東甲信地方から福島県地方にかけて発生していた局地的な前線とちょうどタイミングが合ってしまい、その悪い意味での相乗効果で、さらに平野部も含めて豪雨をもたらす事になっていたのです。

 ジョニーさんの住む練馬区でも、午後になってどんどん風雨が強くなって来ました。テレビで情報を収集しながら、時折りカーテンをずらして外の様子を確認します。今現在は、まだ外の明るさがあるので様子が確認できるのですが、夕方以降に暗くなってしまえば、それも出来なくなります。非常に不安です。ジョニーさんは、それから何度も何度も、何か飛んできそうな物がないかチェックする為に、目を皿のようにして薄暗くなってきた外の様子を眺めていました。

 

 『台風19号は勢力を若干落したものの、大型で強い勢力を維持し12日土曜日の19時前に静岡県伊豆半島に上陸しました。この台風の上陸直前の中心気圧は955hPaで、最大風速は40m/sです。この台風はその後速度を速めて、関東地方から福島県地方へと縦断し、13日日曜日の午後には三陸沖東部へと抜けて行く予定です』

と、気象庁は伝えています。

 窓の外では『グオォーグオォー』と、強い風が吹き始めています。雨も『バチバチバチ』と窓に叩き付ける音を響かせながら、その量をどんどん増しているようです。

 ジョニーさんは、そんな外の様子を気にしながらも、いつもより早めにベッドに入りました。明日は、道路状況がどんな風になっているか全くわからないので、少し早く家を出発する予定でいます。

『カブ吉、大丈夫かな……』ジョニーさんは、そうボソッと呟いた後、キャンプ用のコンパクトヘッドランプの位置を確認して、まぶたをそうっと閉じました。

 

 午前3時過ぎにジョニーさんはベッドの中で、ふと目を覚まします。人間というのは不思議なもので、それまで強風の吹きすさぶ音や、強烈な雨の叩き付ける音の中で寝ていると、それが普通になってしまうのです。逆にそれが無くなってしまうと、『何か変だぞ』って感じるのか、ふっと目を覚ましてしまうのです。

 

『抜けたのか……』

 

その一切のものが息をひそめているような静けさの中、ジョニーさんは外の様子に全神経を集中させます。それまで吹き荒れていた風雨が、ピタリと止んでいるように感じます。しかし、その一瞬の後、『ゴォーッ』という音とともに、強烈な風が家を揺らして行きました。

 

『まだ、若干の煽りは残っているのか……』

 

 ジョニーさんは、そう呟くとベッドから身体を起こします。ジョニーさんは、二度寝はしません。目が覚めてしまったら、そのまま起きるのが普通です。

 コンパクトヘッドランプを頭にセットして、そうっと起き上がります。まずは、家族の皆を起こさないようにしながら、家の点検をしていきます。

 ひとまず、ガラスが割れている等の問題は発生していないようです。次に、外観を確認するために、外に出ます。

 ゆっくりと玄関のドアを開けて行きます。少しだけドアを開いた状態で一度ドアを止め、外の状況とドアの具合を確認します。問題がないようなら、ドアを開いて外に出ます。

 まずジョニーさんは、カブ吉くんの確認をします。若干バイクカバーがめくれかかっていますが、問題はなさそうです。ほっとひと安心です。次に、家の外観の確認をしていきます。ヘッドランプの光量を最大にして、家の南面と東面を中心に確認して行きます。こちらも問題なしです。

 空には、普段より多くの星たちが輝いているように見えます。ジョニーさんは、カブ吉くんのバイクカバーを外しながら、シートをポンと叩きました。

 

『今日は、やっぱりカブ吉と行こう』ジョニーさんはそう言いながら、バイクカバーに付いている水滴をバサバサと払い落とした後、ささっとカバーを折りたたんで行きました。

 

  早めの食事を済ませて、ジョニーさんとカブ吉くんは午前6時過ぎに自宅を出ました。いつものように目白通りを少し上り込み、豊玉陸橋の下を右折して環状七号線の内回りに入って行きます。

 予想通り、ほとんど走っている車はありません。もちろんバイクで走っている人など、いる訳もありません。などと、思いながら走っていると、早速、西武新宿線野方駅をくぐるアンダーパスで、1台のスーパーカブ90とすれ違いました。

 二台のカブ乗りは、お互いすれ違いざまに一瞬視線を交わします。

『朝も早くから、よくやりますな~、ご苦労様』と、目と目が会話をしています。

 そんな事にも元気を頂きながら、ジョニーさんとカブ吉くんは環状七号線内回りを上馬に向けて軽やかに走って行きます。

 さすがに先月の台風15号を経験しているからなのか、皆さんがそれなりに対策をして頂いたおかげなのか、道路上にびっくりするような物が飛んで来ている事はあまりありません。それでも、たまにプラスチック製のゴミ箱が車線の上を一緒に走っていたりする事もあるので、細心の注意は必要になります。先月の台風15号の時は、北千束のあたりで樹木が折れて車線を塞ぎ、週明けの月曜日だった事もあって、環状七号線の内回りは大渋滞となりました。しかし、今日は三連休の中日で日曜日です。皆さん、うまくスケジュール調整されたのか、大きな混乱は今のところなさそうです。

 出発して20分ほどもすると、もう国道246号線(玉川通り)の上馬交差点に着いてしまいました。素晴らしい速さです。そして、この交差点を右折して国道246号線を下り込めば、とりあえず厚木までは一直線です。

 実は、ジョニーさんは前の晩から神奈川県の湘南地区に行くためには、どのルートが一番確実なのかと言う事をずっと考えていました。しかし、どの道を通るにしても一般的に多摩川を渡らずに神奈川県に入る事は難しいのです。しかも、今回のように厚木の先まで行こうとすると、相模川も渡らなければなりません。

 台風の影響で二つの河川の源流域には、昨日からとんでもない量の雨が降っています。今朝早く家を出発する為に、昨晩は早めにベッドに入ってしまったジョニーさんは、『相模川系の城山ダムが緊急放流(特例操作)を実施するかもしれない』という情報は知っていましたが、その結果がどうなっているのかをまだ知りません。朝起きてからテレビをつけてはいたのですが、バタバタと支度をしながらだったので、あまりキッチリと情報を収集する事が出来ませんでした。そんな不安を抱えながらも、ジョニーさんとカブ吉くんは多摩川に架かる国道246号線の新二子橋に向かって走って行きます。

 上馬交差点を右折してから、国道246号線を走るジョニーさんとカブ吉くんの上にずっと屋根のようにいてくれた首都高速3号渋谷線が、すっと右方向に離れて行きます。国道246号線の方は、この先環状八号線瀬田交差点のアンダーパスを抜けると、もうその先は新二子橋です。

 この地点で、何の規制看板や誘導員等が出ていないので、恐らく新二子橋を渡る事は問題なく出来そうな気がします。

 信号が青に変わり、発進したジョニーさんとカブ吉くんは、3車線ある車線の真ん中の車線を慎重に進んで行きます。瀬田交差点アンダーパスは、内部でゆるやかに左にカーブをしています。その先アンダーパス出口に一つ信号があり、そこを通過すると、左方向に二子玉川駅方面に降りて行く側道と、そのまま多摩川を渡る直進2車線の国道との分岐となります。ジョニーさんとカブ吉くんは、当然直進車線をキープして走行を続けます。新二子橋は、ちょうどこの分岐点の当たりに防音壁が設置されているので、ここからではまだ多摩川の様子はわかりません。また、新二子橋は旧道の二子橋に比べると、かなり高いところを通っているので、ジョニーさんは横風に吹かれても大丈夫なように、カブ吉くんを車線の中央に置き、両足のくるぶしを使ってグッと車体を挟み込み、両脇を締めて、軽く前傾姿勢を取ります。

 橋を渡り始めて、道路は右にカーブしながら緩やかに上って行きます。進路の変更を禁止する黄色の車線表示が白の破線に変わります。それと同時に、今まで設置されていた防音壁がさっとなくなり、曲率を戻した道路はやや下りながら多摩川の対岸に向かって真っすぐに延びて行きます。

 

『うわっ……、川幅いっぱいじゃねぇかよ……』ジョニーさんは、一言そう呟いた後、絶句します。

 

そこには、普段我々が見る事のない『一級河川 多摩川』のもう一つの顔がありました。堤防の端から端までの川幅を目一杯使って、たくさんの樹々を飲み込み、薄茶色に濁った例えようもない量の水をゴォーゴォーと流し続ける、人間のコントロールが及ばない『自然河川 多摩川』の顔です。

 

 ジョニーさんは、自然に対して人間の造ったものを100パーセント信じていないところがあります。人間の英知を結集して造った物がそんなに簡単に壊れる訳はないと思ってはいるものの、でも、どこかのタイミングで自然がちょっと本気を出すと、きっとその時は壊れてしまうのだろうと考えています。

 簡単な理屈です。どんなに頑張っても人間は自然には勝てないのですから。

 

ジョニーさんは、『頼むから壊れないでね……』という思いだけで、新二子橋を渡りました。ジョニーさんとカブ吉くんが橋を渡っている間、きっと橋脚には恐ろしいほどの水流が押し寄せていた事でしょう。でも、新二子橋はガンとそれを跳ね返し、屈強な姿でそこに建ち続けます。橋を渡り終えたジョニーさんは、ほっと胸をなでおろしました。

 その後もジョニーさんとカブ吉くんは順調に走行を続け、溝口、梶ヶ谷、馬絹と次々に通過していきます。三菱車のチューニングで昔から有名なテスト&サービスを左手に見ながら宮崎台の坂道を上り、鷺沼、江田、市ヶ尾と通常なら微妙に流れが悪くなる場所も、今日はノンストレスで通過して行きます。

 相変わらずジョニーさんとカブ吉くんの周りには、数台の四輪車が走っているだけで、いつもの国道246号線とは比較にならない程の交通量しかありません。二人は更に走行を続け、東名高速道路横浜町田インターチェンジに接続する国道16号線を跨ぎ、快調に走り続けます。時おり強い風が吹き抜けて行き、二人のバランスを崩そうとしますが、ジョニーさんのライディングに大きな狂いはありません。

 国道246号線は、東京方面から厚木方面に下って行くと、ほとんどが法定速度で走行できる道路です。江田駅の手前くらいから東工大の交差点の先までが50km/h制限ですが、そこを過ぎると、また法定速度道路に戻ります。

 大山がドーンと見えて来る大和厚木バイパスの辺りまで来ると、吹きっさらしの部分が多くなってくるので、高い速度で走行中に横風を受ける事を想定しながらライディングします。大排気量の重量車と違い、小排気量の軽量車の一番の泣き所かもしれませんが、ここは我慢のライディングで乗り切ります。

 左手に神奈川県立産業技術総合研究所の建物が見えてくれば、問題の相模川まではもうあと一息です。規制を掛けるとすればこの先の『下今泉交差点』しかないので、恐らく新相模大橋を渡る事に問題はないはずです。

 ジョニーさんとカブ吉くんは、周りの四輪車と同様に若干スピードを落としながら慎重にこの交差点を通過して行きます。

 

『頼むから、何事もなく渡らせてくれよ……』ジョニーさんは再び念じます。

 

 相模川多摩川と同様に、川幅一杯に広がった茶色の濁流が、大きなうねりを伴いながら恐ろしい勢いで流れています。新二子橋に比べると、新相模大橋の方が水面に近いせいか、より自然の力や怖さを感じます。昨晩実施すると予告していた、城山ダムの緊急放流はあったのでしょうか? このタイミングで考えてもしょうがない事が、急に頭に浮かんできます。

 橋を渡るのにかかる時間は、ほんの30秒弱なのですが、異様に長く感じます。新相模大橋を渡り切り、首都圏中央連絡自動車道をくぐったところで、ジョニーさんはほっと一つ溜息をつきました。

 

 この日は、その先の渋滞の名所である金田陸橋もスムーズに通過し、厚木市内で国道129号線にそのまま入って行きます。厚木市内の交通量も、まだ時間が早いのでまばらな状態です。渋滞などもなく、淡々と走行を続けます。

 新東名高速道路厚木南インターチェンジを過ぎて平塚市に入ると、右手に富士山が見えてきます。平年であればこの時期の富士山は、頭の部分が白く化粧をしているはずなのですが、今年はまだ夏の装いです。今日もこの後は、台風一過のフェーン現象で30℃近くまで気温が上がると天気予報は伝えていました。

 

 最終目的地には、7時55分に到着しました。所要時間は、1時間50分です。練馬からここまで約65kmあるので、それなりにいいペースの走行となりました。通行経路に何の支障もなかったので、本当に助かりました。気持ち的には、かなり疲れましたが……。

 

 現地ではジョニーさんの仕事も順調に進み、15時過ぎに終了したので、その後、帰宅の途に就きます。 

 そして、練馬への最終到着は、日も暮れかかった17時30分となりました。

 

                          本日の走行 : 128km

 

 

 今月は、もし時間が取れそうならツーリングに出ようと思っていたのですが、結局仕事の調整もつかず、台風の問題もあったので、どこにも行く事が出来ませんでした。

ツーリングに出ていたら、今月の近況報告はそのレポートにしてもいいなと思っていたのですが、結局、台風レポートみたいになってしまいました。ごめんなさい。

 

 カブ吉くんの調子に大きな変化はありません。燃費は少し下がりましたが、気温の低下もあるので、それはしょうがないと思っています。

 

 それでは皆さま、少しひんやりとしてきましたが、暖かくしてオートバイをお楽しみ下さい。

 

                                    管理人

 

2019年10月末日現在 全走行距離 233,140km

(10月走行距離 1,901km  燃費 58.75km/ℓ )

月まであと、151,260km