カブ吉くん 月まで走れ!

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 20万キロ通過! 次なる目標は30万キロ!

 

 このブログは伝説にもなっている『スーパーカブの耐久性』に関して、「でも、本当のところはどうなんだろう?」という素朴な疑問に答えるべく、実際に検証チャレンジをしているものです。

 本来ならば、『スーパーカブ』の原点である50ccや70ccモデルを使う事が正統なのかもしれませんが、今回このチャレンジに使用しているマシンは2010年式JA07型スーパーカブ110です。

 このマシンは純日本製だった今までの『スーパーカブ』とは違って、タイで製造されたエンジン部品等を使って、ホンダ熊本工場で組み上げられたものです。

 外装も樹脂部品が多用されており、昔からスーパーカブに乗り続けている人々からは、「今度のカブは、一体どのくらい走れるんだろう? 外装部品の寿命は『鉄カブ』と比べたら、きっと短いんだろうな~」などという辛口の意見も多く、その車体寿命に関しては販売当初からかなり心配をされていた車種でございます。

 しかし、そのJA07型スーパーカブは、走り始めてから4年目の2014年8月に10万キロを走破。そして約8年経過した2018年6月には、大きく調子を落とすこともなく無事20万キロを通過致しました。

  当然、エンジンのオーバーホール等の大きな整備は一切なく、クラッチ関係についても、現在まで一度も調整をしておりません。

 エンジンオイルは、推奨純正オイルのウルトラG1(10W-30)及びウルトラG2(10W-40)の二種類のみを使用し、季節及び使用状況等に応じて使い分けています。オイル交換に関しては、メーカー指示は3,000キロ毎ですが、比較的高回転を多用する使用状況を考慮して、これだけは2,000キロ毎で実施しています。

 ドライブチェーン及び前後スプロケットも、定期的な給油は行っていますが、新車装着の物をそのまま使用しております――2020年2月の『24万キロ整備』にて、初めての交換となりました――。

 それ以外の交換部品類も、原則的にはメーカー等の指示に従って交換するような使用方法で現在に至っています。

 

 2014年に二輪自動車では初となる立体商標に登録され、2017年には世界累計生産台数が1億台を突破。そして2018年はスーパーカブ発売から60周年となり、この『スーパーカブ』という世界中で走り続けるマシンに、今後も更に多くの方々が興味をお持ちになるのではないかと思います。

 現在スーパーカブに乗られている方々はもちろんの事、これから『ちょっと乗ってみようかな』と考えている方々に、少しでもお役に立てればいいなと考えてこのブログを立ち上げました。

 しかし『耐久チャレンジ』や『月まで走れ』などというタイトルを付けてブログを始めたものの、5万キロくらいで壊れてしまってはどうしようもありません。最低でも月まで半分強の距離である20万キロを越える事が出来たらという理由から、このブログ開設タイミングとなりました。

 

 次の当面の目標は30万キロとなりますが、サブタイトルにもある通り、地球から月までの距離である38万4千4百キロを一応の最終目標に設定してチャレンジを続けて参ります。

 今後は07型カブの使用状況データやメンテナンス記事、近況報告やセミドキュメンタリー形式の小説などを随時掲載していく予定です。

  この小説の中に登場する『カブ吉くん』の描写部分は、ノンフィクションとなります。実際どのように乗られてきたのかが、皆様に分かるように書いています。少しでも参考にして頂ければとても嬉しく思います。それ以外の部分については、『読み物』として楽しんで頂けたらという思いから、若干の脚色が含まれています。

 

それでは、どうぞ宜しくお願い致します。                    

                                    

                                   管理人

 

 

2020年5月 カブ吉くん近況報告

 皆さまこんにちは、スーパーカブ耐久チャレンジの管理人です。

 

 5月25日に、全都道府県の緊急事態宣言が解除されました。しかし、都道府県を跨ぐ移動に関しては、全く制約がなくなった訳ではありません。

 特に緊急事態宣言の対象地域として、最後まで残ってしまった東京、神奈川、埼玉、千葉、北海道では、6月1日以降でも不要不急の移動には慎重さが求められています。

 

 今年のゴールデンウイーク(GW)は、本当にガマンウイーク(GW)となってしまいましたね。皆さまの中にも、日々自宅で悶々として過ごされていた方が多かったのではないと思います。心の健康という面から考えても、今まで誰も経験したことがないような状況なので、精神的なバランスを取るだけでも、大仕事ではなかったのかと案じております。

 ジョニーさんは、このゴールデンウイークに予定していた仕事が延期になってしまったので、お休みが出来る事になったのですが、そうは言ってもカブ吉くんと遠くに走りに行く訳にもいかず、やはり悶々とした日々を送っておりました。

 例年だと5月という月は、ジョニーさんとカブ吉くんにとって1年間で一番走行距離が多くなる月なのですが、今年は全く様子が違っておりました。

 今までの5月で一番走行距離が多かったのは、2015年の『九州ツーリング』を実施した時で、その時は月間走行距離4,808kmを記録しました。

 しかし、今年は5月18日の時点でも、まだ634kmしか走っていないという、未だかつてないくらいの、大変に低調な状況でございました。

 

『こりゃ~、下手すると初めて月間1,000キロいかないかもしれないな~』などと、ジョニーさんが言い出したので、カブ吉くんもかなり複雑な気持ちだったのではないでしょうか?

 4月の月間走行距離も、1,342kmとちょっと少な目だったので、カブ吉くんは『5月は少しでも多く走れるといいなぁ~』などと、思っていたようですが、逆にますます走行する機会が減ってきてしまいました。

 それでもジョニーさんは、いろいろな制約がある中ではありますが、そんなカブ吉くんを連れ出して『環七通り一周ツーリング』などを、『早朝』や『真夜中』というバージョン変更をしながら、結構頻繁に走る機会をつくってくれていました。

 さすがに真夜中の時間帯には多くありませんが、昼間の時間帯に環七通りを走っていると、なんだか今までよりずいぶん多くのオートバイ達が走っているような気が致します。ジョニーさんは、非常によく環七通りを利用するので、いつもとの状況の変化を敏感に察知します。

『やっぱり、都内のライダー達の考える事は、俺も含めて一緒なのかな~』ジョニーさんは、そう言いながら苦笑いをしています。

 

 きっと、もう暫くの間は、こんな工夫をしながら走って行かないといけないのだと思います。

 自由に好きなところに走って行けるようになるには、かなりの時間が掛かってしまうかもしれません。でも、これはしょうがないことのような気がします。

 

 人類は、たびたびこのような感染症に襲われて来た歴史があります。

紀元前から存在する天然痘マラリヤ結核に始まり、14世紀にヨーロッパを中心に流行し、2500万人くらいの人々が亡くなったと言われるペストや、約100年前に大流行して世界で4000万人以上が死亡したと推定されるスペイン風邪など、人類の歴史は感染症との戦いの歴史と言ってもいいくらいのものなのです。

 現在の日本では、死因の大きな割合を占めるのは、皆さまもよくご存じのガン、心疾患、脳血管疾患などです。

 しかし、第二次世界大戦前の昭和10年(1935年)の死因の第一位は、結核です。そして、2020年の東京オリンピックも幻となってしまいましたが、80年前にも開催が予定されていたのですが、やはり幻となってしまったアジア初の『東京オリンピック』の開催予定年であった昭和15年には、なんと153,154人の方がなくなっています。

 さらにそこから10年経過した、終戦後の昭和25年になっても、まだ12万1千人以上の方が亡くなっています。その後、抗生物質ストレプトマイシンが普及して治療の途が開け、BCGワクチンの普及や生活水準の向上などによって、ようやく結核による

死亡者は激減する事になるのです。

 昭和33年(1958年)から『スーパーカブ』が世の中に登場しますが、その時期でもまだ3万人くらいの方が亡くなっています。そして、昭和50年代以降になって、ようやくその死亡者は1万人を下回るようになります。

 皆さまもよく知っておられるであろう『となりのトトロ』に出て来る、サツキとメイのお母さんの病気は結核です。そのようにちょっと前までは、結核という感染症は人間のすぐそばに普通に存在しておりました。

 そして、この結核という感染症は、現在でも毎年約18,000人ほどが発症し、その約10パーセント前後の方が亡くなっています。決して、過去の病気ではありません。

 21世紀に入ってからも、インターネットカフェカラオケボックス、ライブハウスやパチンコ店などから感染の事例が出続けていますし、また、同時期に抗結核薬が効かない薬剤耐性を持った結核菌の報告もされています。

 ツーリングなどに行った時に、インターネットカフェを利用されるライダーもおられると思いますが、結核は空気感染(飛沫核感染)と言われています。そのような場所では新鮮な換気が行われずに、汚れた空気が循環しているところも多いようなので、十分に注意をしなければなりません。

 

 話しを新型コロナウイルスに戻します。

 皆さまもそうではないかと思いますが、ジョニーさんも今年の3月以前と比べると、生活や仕事のスタイルがガラッと変わってしまいました。

 緊急事態宣言は解除されましたが、新型コロナウイルスの感染がなくなった訳ではありませんので、今後も新しい生活のスタイルを模索して行かなければなりません。

 これは、今まで誰も経験したことがない事なので、簡単な事ではないのは容易に想像が付きます。しかし、それでも一人一人が、真剣に考えていかないといけない事なのです。

 

 さあ、季節はいよいよ梅雨の時期を迎えます。

 今年も鮮やかなカラーデザインのレインウェアに身を包み、非日常のライディングをお楽しみ下さいませ。

                                   管理人

 

2020年5月末日現在 全走行距離 246,089km

(5月走行距離 1,744km 燃費 59.00km/ ℓ )

月まであと 138,311km

 

 

2020年4月 カブ吉くん 近況報告

 皆さまこんにちは、スーパーカブ耐久チャレンジの管理人です。

 

 2月初旬に横浜港に入港した、客船『ダイヤモンド・プリンセス』に端を発した『新型コロナウイルス』感染拡大の問題は、さる4月7日に改正新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づき、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、大阪府兵庫県、及び福岡県の7都府県に対して、期間を5月6日までとした緊急事態宣言が出される結果となりました。

 そして、その9日後の4月16日には、その緊急事態宣言の実施区域が、全都道府県に拡大されています。

 この記事を書いている4月30日時点での国内での感染者数は、14,088名(前日比+140)、死亡者数415名(前日比+26)、退院者数3,466名(前日比+92)となっております。

 これらの数値を厚生労働省の発表しているグラフで見てみると、4月の下旬に入ってから若干の鈍化が感じられますが、まだまだ予断を許さない状況にあるようです。

 新型コロナウイルスへの感染経路は、やはり『接触』と『飛沫』からというのが主と考えられますので、皆さまにはそれにかなった『しっかりとした手洗い』や『人と、出来る限り一緒にいる機会や時間を減らす』と言う事を念頭に置いて、ご自愛頂ければ幸いでございます。

 5月6日を一応の期限としている緊急事態宣言も、恐らく期間が延長されることとなる旨、報道もされております。

 先月も申しましたが、こういう事態になりますと様々な情報が世界を駆け巡ります。当然、その情報の中には有益なものもあれば、そうでないものもございます。どうか、皆さまにはくれぐれも一つひとつの情報の真偽を確認し、もう暫くのあいだ慎重に行動をしながらお暮し頂ければと思います。

 

 それでは、4月のカブ吉くんの近況報告を始めさせて頂きます。

 今月の大きなメンテナンスとしては、まずリヤタイヤ及びリヤブレーキシューの交換がありました。

 今年は、早々にゴールデンウイークを利用したツーリングの計画がなくなってしまいましたが、カブ吉くんのリヤタイヤは2014年以降、毎年この時期に必ず交換されています。

 その時々で計画された、ゴールデンウイークの中距離や長距離ツーリングを安心して走り抜くためが第一と、その後に控える梅雨をトレッドのしっかりあるタイヤで安全に走りたいというジョニーさんの考えがあるからです。

 カブ吉くんの履いているリヤタイヤは、2012年の6月以降ずっ~と同じ銘柄が使われています。『ブリヂストン EXEDRA G556』というタイヤです。

 このタイヤは、典型的な高耐久タイヤです。サイズは、『2.50-17 38L』の一種類しかありません。スーパーカブに詳しい方ならご存知だと思いますが、このタイヤは『プレスカブ50』のリヤに使用されていたタイヤなのです。

 新聞配達用のスーパーカブのリヤに使うタイヤですが、50ccのリヤですから当然二人乗りをする事は考慮に入っていません。こんな事をたらたらと書いている間に、勘のいい方はお気づきになられていると思います。そうです、カブ吉くんの純正リヤタイヤで設定されている荷重指数より、こちらのタイヤは若干数値が低いのです。

 JA07型スーパーカブの標準のリヤタイヤ仕様は、スーパーカブ90などと同じで『2.50-17 43L』となります。速度記号の『L』は一緒なので問題はありませんが、荷重指数は『5』ほど、微妙に足りていません……。

 まぁ、カブ吉くんのリヤキャリアには純正のビジネスボックスが付いているので、頻繁に二人乗りをする事はないのですが、そうではない方や、大量(重い)の荷物を日常的に運ばれる方は少し気にされた方がいいかもしれません。

 ちなみに、参考までに荷重指数の具体的な数値を示すと、純正仕様の『43L』は、『155kg(43の部分)の物を120km/h(Lの部分)で運ぶことが出来る』という意味になります。それに対して『38L』は、『132kg(38の部分)の物を120km/h(Lの部分)で運ぶことが出来る』という具合に、23kg分の荷重部分が減少しています。『メンテナンス フロント廻り編その二』でも書きましたが、JA07型スーパーカブの荷重分布は、二名乗車時でフロントに56kg、リヤで147kgです。純正仕様では、この数値をクリアする為に『43L』の荷重指数を持つタイヤが使われているのです。メーカーとしては、当然の選択となります。

 耐荷重という意味で微妙に数値的に不足ではありますが、そんな事も念頭に置きながら、ジョニーさんは『自分が一年間に走る距離と、タイヤ交換頻度を比較した時に、カブ吉に履かせるタイヤは一体どのタイヤがいいんだろう?』と、考えてみました。

 ジョニーさんは、カブ吉くんと2010年の7月から走り始めて、大体今まで月平均で2000kmくらいの距離を走っています。一年間で計算すると、24000kmです。そして、出来ればリヤタイヤの交換は、年一回で済ましたいと思っています。

 ジョニーさんは、吉村さんと相談しながら数種類のリヤタイヤを装着してみたのですが、この条件をクリア出来たのは、結局『ブリヂストン EXEDRA G556』だけだったのです。

 今回は、23000kmを走行して残り一分山での交換となりましたが、2015年の『九州ツーリング』の時に装着していたタイヤは、翌年の2016年4月の交換まで、約31000kmを走りました。このくらいの距離が走行出来ると、『日本一周ツーリング』も、前後1セットのタイヤで行けてしまうかもしれません。それは、とても素晴らしい事です。

 路面のグリップに関しても、ごく普通の性能を持っているので、晴天や雨天のシーンでも常識的なライディングをする限りは問題ありません。しかし、乗り心地に関しては、サイドウォールの剛性がかなり高いので、人によっては若干硬く感じる事があるかもしれません。

 また、この素晴らしい耐久性を持つタイヤなのですが、ひとつだけ気になる点があるので、それをお伝えしておきます。

 それは、ジョニーさんのように割合短い期間で距離を多く走って、一年くらいでタイヤ交換をされる方にはとてもいいタイヤだと思うのですが、あまり距離を走られない方ですと、何年も装着している間に、サイドウォールに結構細かいヒビが出て来るので気になるかも知れません。その部分だけ注意して頂ければ、大丈夫だと思います。

 次に、リヤタイヤを脱着するタイミングで、同時交換となるリヤブレーキシューですが、これも一年間使用していると、ブレーキシューの中央部分で残り2mmくらいまで減って来てしまいます。ジョニーさんのライディングスタイルが、リヤブレーキを非常によく使うライディングなので、こちらもタイヤと同様に一年に一回の交換です。

 2月に実施した『24万キロ整備』で、事前にかなり減っていたブレーキカムも交換してあったので、これでリヤブレーキのフィーリングは完璧になりました。

 

 それから、タイヤ交換とはまた別のタイミングのメンテナンスとなりましたが、今月はエンジンオイルの交換に合せて、カムチェーンテンショナ関係の部品を一部交換したので、こちらも報告させて頂きます。

 『24万キロ整備』で、あのガチャガチャと非常にうるさかったドライブチェーン及び前後スプロケットの交換をした話しは既にさせて頂きましたが、この交換が、また別の問題を生むとは、正直思っておりませんでした。

 じゃあ、その問題とはいったい何かというと、『ドライブチェーンの音が静かになったら、今度はカムチェーンの音が気なってしょうがない』という問題です。

 前回カムチェーンテンショナ関係の部品を交換したのは、2018年の11月で、走行距離が212,000kmの時でした。まだ、交換してから距離的には3万キロくらいしか走っていないのですが、一体どうしてしまったのでしょうか?

 ジョニーさんは吉村さんと相談して、いつもの交換部品である『テンショナスプリング』と『プッシュロッド』の先端に付ける樹脂部品以外に、初めて『プッシュロッド』本体も念のために交換して見る事にしました。

 エンジンオイルの交換に合せて外されたカムチェーンテンショナ関係の部品を確認していってみると、テンショナスプリングの自由長は、まだ3万キロ強しか走っていないにも関わらず、使用限度である109mmを若干下回る、108.13mmという数値でした。前回交換した際に記録した105mm(約15万キロ使用)という数値程ひどくはありませんが、3万キロくらいを目安に、カムチェーンがうるさく感じてきたら、これからは迷わず交換した方がいいのかもしれません。

 それから、カムチェーンテンショナアームを押し上げている、プッシュロッド先端の樹脂部品は、いつも通りのしっかり凹んだ摩耗状態で、これは予定通り要交換で問題ありません。

 そして、初めての交換となる一番気になっていたプッシュロッド本体は、サービスマニュアルの指示する上部、中央部、下部の三か所をマイクロノギスで測定をしてみたのですが、どの部分についても12.00mmをキープしており、特別な問題はありませんでした。

 チェックバルブについても、詰まり及び損傷などはなく、部品としての機能に全く問題はありませんでした。

 まぁ、今回は勢いで頼んでしまったので、交換する事にしましたが、『プッシュロッド』に関しては、恐らく月まで走っても問題が発生するようなレベルではなかったと思います。

 以上の部品を交換したカブ吉くんは、『もっと早く交換してあげれば良かった』と、思わずにはいられないくらい、一気にカムチェーンの音が静かになりました。

 吉村さんのお店を出たジョニーさんは、少し走って調子を診たらすぐに家に帰るつもりだったのですが、そのカムチェーンの音の静かさに気を良くしたのか、青梅街道を新宿まで足を延ばした後、今度は甲州街道から東八道路を下って三鷹を廻り、上石神井から千川通りで自宅に戻るという、何だかよく分かりませんが遠回りをしながら、楽しそうに走っておりました。

 乗り役のジョニーさんがご機嫌だと、カブ吉くんはとても嬉しそうです。このコンビで、いつまでも事故なく走り続けられる事を、管理人は祈っております。

 

 季節は、オートバイに乗るには最高の5月を向かえます。しかし、残念ながら今年はツーリングで日本全国にある素敵な場所や、あなたにとっての大切な場所を訪れる事は難しいかもしれません。

 皆さま、もう暫くは我慢の日々が続きそうですが、決して慌てる事無く、感染に気を付けてお過ごし頂くように願っております。

 

 このブログが、皆さまのお役に少しでも立てばれ幸いでございます。

 

                                    管理人

 

2020年4月末現在 全走行距離 244,345km

(4月走行距離 1,342km 燃費 55.73km/ ℓ )

月まであと 140,055km

 

 

 

 

 

 

2020年3月 カブ吉くん 近況報告

  皆さまこんにちは、スーパーカブ耐久チャレンジの管理人です。

 

 カブ吉くんのマフラーからの白煙を確認して、ちょうど一年が経過しました。先月の近況報告でも少し触れましたが、状態は一年前とほとんど変わっておりません。

 これも『スーパーカブ』の耐久性の一つと考えていいのかは微妙なところでございますが、多少の不具合があってもそれなりに走行出来てしまうのは、『スーパーカブ』というオートバイにとっては、昔からのお約束のようなものかもしれません。

 昨年からカブ吉くんに起こっている不具合は、発生当初はピストンリングの消耗からくる、オイル上りではないかと思われていました。しかし、白煙の出るタイミングやその煙の量の問題、定期的に交換している点火プラグの汚れ具合等から考えて、現在では排気バルブのステムシールからのオイル漏れ(いわゆるオイル下がり)の可能性が高いのではないかと予想されています。

 当然、そのオイル漏れが自然に直ったりする事はないのですが、かと言って取りたてて悪くなっているとういう事もありません。気温が低く寒い時期は、あまりエンジンオイルの消耗もありません。でも、それは今の時期だけで、これから気温が徐々に高くなってくると、またそれなりに消耗が始まって来ると思います。

 暖かくなってからのエンジンオイルの消耗のペースは、交換後1000km走行くらいで、だいたい100ccの補給をするようなペースです。

 この消耗のペースが変わらないのであれば、1万キロくらいまでのロングツーリングなら、1ℓ のオイル缶を1本持って行けば済んでしまう話なのですが、万が一この消耗ペースがツーリング途中で急に多くなったりすると、それはそれで、ちょっとやっかいな事ではあります。

 実はそれが一番気になっているジョニーさんは、事あるごとに吉村さんに、

 

『ねぇ~ねえ~吉村さ~ん、いつぐらいにステムシール交換したらいいかな~?』

 

などと甘い声を出して、チコちゃんのように訪ねていますが、吉村さんは

 

『今すぐ遠くに出掛ける訳じゃないんだから、もうしばらくこのまま様子見だな~。こういう状態になってからも、どんな風にどのくらい走れるのかっていうのを見とくのも、耐久性の確認っていう意味じゃ間違ってねぇからな~』などと言いながら、一級整備士で5歳の吉村さんはニヤリと笑うのです。

 

 ジョニーさんの今年のゴールデンウイークは、すでに仕事が入ってしまっているので、恒例のロングツーリングは早々の中止が決まっています。そんな理由からも、しばらくの間はこの状態のまま、カブ吉くんは走り続ける事となるようです。

 

 先月交換した強化ドライブチェーンも約3000kmを走行して、一回張り調整を実施しました。ノーマルの『420D』と比較すると、ドライブチェーンを構成する部品の一つである『プレート』が幾分厚い感じがして、チェーン自体の強度も高そうなしっかりとしたものです。

 もともと、『プレスカブ』等の重量物を運ぶ車種用に設定されているドライブチェーンなので、大荷物を積んで走るロングツーリングにはぴったりのドライブチェーンなのです。

 恐らくあと1~2回のチェーン張り調整をしてやれば、その後はあまり伸びる事はなくなるのではないでしょうか? 純正の『420D』もそんな感じでしたから、『420DS』もたぶん大丈夫でしょう。もちろん、一週間に一度の給油は必ず実施しないといけませんが……。

 

 年度末の3月は、ジョニーさんが一年で一番忙しい時期です。今年もジョニーさんは、カブ吉くんと共に西から東、北から南へと走り回っておりました。

 走行エリアは、東京23区内から千葉県中央部及び北部、神奈川県南東部及び県央地域と、例年になく幅広い地域となりました。走行距離の方も、月間2213kmを記録しています。これは、3月としては、過去2番目に多い走行距離となります。

 この時期は非常に忙しいのですが、一回の移動距離が少ない23区内中心の3月となると、走行距離は極端に伸びなくなります。

 今までで最低の月間走行距離は、あの忘れる事が出来ない2011年3月の『東日本大震災』が起こった時でした。

 この時のジョニーさんとカブ吉くんは、1ヶ月で1164kmしか走行する事が出来ませんでした。しかし、その内容はとてつもなくもハードで、ジョニーさんの担当するお客様の災害復旧の為に、それこそ朝から晩まで23区内を走り回っていた記憶が甦ります。

 いつまた大きな余震が来て、交通網が麻痺してしまうかも分からないので、ジョニーさんにとってカブ吉くんは、どんな時でも一緒に動ける頼もしい相棒だったのです。

 

 カブ吉くんは今年の7月が来ると、満10歳になります。現在の走行距離は24万3千キロなので、普通ならば7月には25万キロにかなり近い所まで行きそうな気がするのですが、今年はちょっといつもと様子が違っているようです。

 2020年1月7日に、中国当局が新種のコロナウイルスを発見したと世界保健機関に報告してから、世界中が大混乱に向かって進んで行ってしまいました。

 当然、日本も例外ではなく、あの『ダイヤモンド・プリンセス号』の件から、大きく世の中が動いて行きます。

 ジョニーさんにとっては、仕事の関係から一時『横浜』地区を中心に動いていた時期もあるので、この豪華客船が頻繁に大さん橋に停泊しているのをよく目にしていました。そういう意味では、とても親しみのある客船なので、余計にそこに乗船している人々の状況が少しでも改善して欲しいと願わずにはいられません。

 そして、その新種のウイルスは、次に地上でも猛威を振るい始めます。ニュースでは、日本国内も含め、世界各国の感染状況やそれによる死者数などを毎日報道しています。また、それに伴う生活品の買い占めやトラブル等の発生も、いたる所で起こっている事を伝えています。

 そんな悲しいニュースを見ていると、人間の無力さやエゴイズムを目の前に突き付けられているようで、とても複雑な心境になります。

 

 有事の際に『付和雷同した民衆』ほど恐ろしい物はないというのは、歴史が証明しています。

 

 一人一人が、冷静に状況を把握して、科学的な裏付けを持って行動していかなければなりません。

 

 どうか皆さまにおかれましては、くれぐれも感染なさいませぬように、細心の注意を払ってお暮し下さるように願っております。

 

 こんな時は、どこにも行かずに『メンテナンス』に没頭するのが、最高の時間の使い方かもしれませんね。

 

                                   管理人

 

2020年3月末現在 全走行距離 243,003km

(3月走行距離 2,213km 燃費 54.37km/ ℓ )

月まであと 141,397km

 

 

 

カブ吉くん メンテナンス(オイル編)その二

 皆さまこんにちは、スーパーカブ耐久チャレンジの管理人です。

 

 『カブ吉くんメンテンス(オイル編)その一』という記事を書いてから、約一年が経過しました。

 その後、カブ吉くんの状況はどうなっているのでしょうか?

 大体一ヶ月に一回は書いている『カブ吉くん近況報告』の中でもたまに触れる事はあるのですが、今回は『オイル編その二』と言う事で、オイルの話しを中心にお伝えしたいと思います。

 

 まず、ジョニーさんがカブ吉くんのマフラーから少量の白煙が噴き始めたのに気が付いたのが、ちょうど一年前の2019年3月14日でした。

 二人が、国道464号線を千葉ニュータウン方面に向かって快調に走っていた時に、ちょうど白井の駅のあたりで信号に引っ掛かりました。

 その時にジョニーさんは、何となく『オイルが焼ける臭い』を感じたのです。周りを見渡したのですが、そんな煙を吹いているような車両は見当たりません。もしやと思い、カブ吉くんのマフラーを見ながらスロットルを吹かしてみると、そこに悲しい事に『薄く白い煙り』が出ているのを見てしまったのです。

 カブ吉くんのエンジンオイルは、その晩に吉村さんのお店で鉱物油である『ウルトラG1 10w-30』から、部分化学合成油の『ウルトラG2 10w-40』に変更されました。

 ジョニーさんと吉村さんは、マフラーからの煙が確認された当初は『ピストンリングの消耗によるオイル上り』ではないかと予想していたので、この時期としては粘度の高い『G2 10w-40』の選択は間違いではありません。これは、低年式でオイルが上がり始めた車両には、普通によく使われる手法です。

 実際、その粘度の高いオイルと交換した結果として、一時的にではありますがカブ吉くんのマフラーからの排煙は抑える事が出来ました。

 しかし、4月も半ば過ぎになって気温が上がり始めると、G1(10w-30)程ではありませんが、やはりマフラーからの排煙が気になるようになってきたのです。

 当然、エンジンオイルの量も減って行きます。1500kmくらい走行して、約100~150ccを補給するような状態です。

 そんな状況の中、ジョニーさんが楽しみにしているゴールデンウイークの『宿泊ツーリング』の時期が近づいて来ました。

 でも、その時のジョニーさんは少し悩んでおりました。それは『もしツーリングに行くんだったら、こういう問題を抱えたまま、オイルの量をいつも気にしながら走るのは、あまり楽しい事ではないな~』と、感じていたのです。

 まぁ、それでも実際に行くとなったら、1リットル缶のエンジンオイルを1本持って行けばいいだけの事なので、そんなに大きな問題がある訳ではないのですが……。

 

 結局、昨年のゴールデンウイークはジョニーさんの仕事の調整がつかず、『宿泊ツーリング』を実行する事は叶いませんでした。

 そして、その後もツーリングに関しては、距離にして300kmくらいの日帰りツーリングに数度行ったくらいで、年間の走行距離もいつもよりちょっと少なめの約2万2千キロ強で一年の走行を終わっています。

 そんな訳で、市街地の走行が主体となったカブ吉くんですが、5月以降のエンジンオイル補給は、やはり1500km走行を目途に、100~150ccの補給を確実に実施するような状況でありました。

 しかし、10月以降の気温が下がる時期になってくると、少し状況が変化してきます。エンジンオイル消費量も微妙に減り、50~100ccのオイルを補給をしたり、しなかったりの感じになって来たのです。

 燃費については、さすがに粘度の高い10w-40のエンジンオイルを年間通して使用しているので、例年に比較すると約1km/ ℓ 程悪くなっていますが、それは当然の事であり、しょうがない事だと思います。でも、エンジンの調子に関しては、悪いと感じるような部分は特にありませんでした。

 カブ吉くんには一年に一回、吉村さんのお店主催で開く走行会があるので、クローズドコースを走る機会があります。ジョニーさんは、オフィシャル側のお手伝いをしているので、フルに走れるという事ではないのですが、ちょっとした空き時間にカブ吉くんをコースに引っ張り出して、『最高速チャレンジ』などをして遊んでおります。

 ジョニーさんとしては、『決して俺は、それがやりたい訳ではない』と、いつも口では言っているのですが、コースに出ていくジョニーさんは満面の笑みです。

 そして、その『最高速チャレンジ』は、その時点でのカブ吉くんの性能確認をするという意味で、過去に四回ほど実施されています。

 最初は2011年の9月で、カブ吉くんの走行距離が約3万キロくらいの時でした。

 カブ吉くんには、ウインドシールドとビジネスボックスが付いているので、前傾姿勢などはとれません。ジョニーさんは、両腋をぐっと締めて身体を出来るだけ小さくしてウインドシールドに接近したポジションをとります。

 コースのストレートは、勾配もなくちょうどいい長さを持っています。最終コーナーを3速で立ち上がったジョニーさんは、そのままスピードメータ内に表示された3速ギヤ上限の80km/hまで引っ張ります。その時のエンジンの回転数は、約8800回転になります。そして、一瞬で4速にシフトアップした後もジョニーさんは姿勢を崩さずにフルスロットルを続けます。

 ジョニーさんは、ヘルメットのシールド越しに、するすると上がり続けるスピードメータの赤い針と、コース路面とを交互に見続けます。そして、その赤い針は90km/hの表示を超えてもそのまま上がり続け、ついには100km/hの表示を少し超えたあたりでピタリと止まります。エンジン回転が抑制されているようなフィーリングはありません。

『こんなもんかねぇ~、まぁ、これで十分かなぁ~』などとジョニーさんは呟いたあと、1コーナーに向けて身体を起こしブレーキングを開始していきます。

 

 走行を終えたジョニーさんは、当時、吉村さんとこんな会話をしていました。

 

『最高速は、メーター読みで102km/hくらいかなぁ~。80km/h越えてからも、ストレスなくするすると伸びていったね』ジョニーさんは笑顔で吉村さんに報告します。

 

『お~、そうか~。見ててもスムーズに立ち上がって、加速して行くのが分かったよ。カブ吉はエンジンの慣らしもちゃんとやってあるし、持ってる性能はちゃんと引き出せているみてぇだな。スーパーカブで100km/hのメータ振り切れば、何の文句もねぇだろう』吉村さんは上機嫌で、ジョニーさんに返事をします。

 

 その後もカブ吉くんの『最高速チャレンジ』は、2014年の約10万1千キロ時、2018年の約20万6千キロ時、2019年の約23万キロ時と実施されています。

 そして、その結果はすべて同じです。カブ吉くんは20万キロを超えた現在でも、100km/hスケールのメータを振り切るだけの実力を持ち続けています。

 

 それでは、ここで第二回目の『最高速チャレンジ』の時にあった、少し面白いエピソードをご紹介いたしましょう。

 

 それは『第二回最高速チャレンジ』で、カブ吉くんが約10万1千キロの時でした。カブ吉くんのエンジンの調子は、『第一回最高速チャレンジ』の約3万キロ走行の時に比べても、硬さが取れてジョニーさんにはとても状態がいいように感じられました。

 カブ吉くんのエンジンは小排気量でありながら、不思議なエンジンです。通常のエンジンなら、慣らし運転も終わって1万キロくらいが一番調子がいいはずなのですが、カブ吉くんに載っているエンジンからは少し違った印象を受けました。

 何故なら、明らかに1万キロより、3万キロの方が調子がいいと感じたからです。そして、更に3万キロよりも、6万キロを超えたあたりからのほうが、本当にエンジンの角が取れて軽やかに回転しているフィーリングが伝わって来るのです。

 そんな理由から、ジョニーさんは10万キロを超えたカブ吉くんの『最高速チャレンジ』が一体どうなるのか、結構期待をしながら、大いに楽しみにしていました。

 

 そして、この時の状況は次の通りとなります。

 

 ジョニーさんは、前回と同様にヘルメットのシールド越しに、するすると上がり続けるスピードメータの赤い針と、コース路面とを交互に見続けています。そして、その赤い針の上がるスピードは、明らかに前回より早い速度で上昇して行きます。これはひょっとしたら、前回を上回る110km/hくらいまで行くのではないかとジョニーさんが考えた瞬間に、その赤い針は前回と同様に102km/hのあたりでピタリと止まってしまいました。エンジン回転が抑制されているようなフィーリングは今回もありません。

 

 走行を終えたジョニーさんは、吉村さんに報告を入れます。

 

『今回はエンジンの調子も良かったし、コーナーから立ち上がった後のスピードの乗りも前より良かったんで、こりゃあ前回を上回る記録がでるかなぁと思ったら、なんか変なんだよな……。スピードメータの針は、前回と同じくらいのところでピタッと止まっちゃってさぁ……。エンジンの回転自体は、詰まっているような感じは全然しないんだけどなぁ~』

ジョニーさんは、若干不満げに吉村さんに報告をします。

 

それを受けた吉村さんは、笑いを堪えながらジョニーさんに返事をします。

『ジョニー、俺はお前の感覚は間違っていないと思うぞ。きっと、前回よりも今回の方が本当に速かったんじゃねぇのかな~。だから、ジョニー、カブ吉のスピードメータをもう一度ようく見てみな』

 

そう言われたジョニーさんは、怪訝な顔をしながら今一度カブ吉くんのスピードメータを覗き込みます。そして、数秒後ジョニーさんは素っ頓狂な声を上げました。

『なんだこれ~、100km/hちょっと超えたところに、黒いストッパーがあるじゃん。これじゃ針止まっちゃうよな~』ジョニーさんは苦笑いです。

 

 この時期は、現在と違って、まだジョニーさんの視力に若干問題があった時期なので、こんな面白いエピソードが生まれて来たのです。

 

 今回、何故こんな話しを長々とさせて頂いたのかというと、現在24万キロを超えているカブ吉くんの性能自体には、それ程大きなダウンは認められないと言う事を知って頂きたかったからです。

 一年前にカブ吉くんが煙を吹きだした時は、間違いなく性能低下につながるピストンリングの消耗による『オイル上り』だろうという予想だったのですが、『2019年9月近況報告』にも書いた通り、現在ではたぶん排気バルブのステムシール不良からの『オイル下がり』という見解に変わっています。でなければ、もっと加速性能も燃費もダウンしているはずなのです。

 何故、『たぶん』なのかという理由は、単純に未だにバラしてないので、本当のエンジン内の状況は分からないと言う事です。

 じゃあ、どうしてそれを分からないままにしておくのかというと、その一番の理由はジョニーさんも吉村さんも、調子の良いカブ吉くんのエンジンをわざわざ開けたくないという思いがあるからです。

 だから、一年間ずうっとオイルの減り方や補給のタイミングも含めて、いろんな事を観察して来たのです。

 今後は、この状態で頻繁にエンジンオイルを補給することなく、どこまで普通に乗って行けるのかを見ていく予定でいます。あまり、補給頻度が多くなってしまうなら、その時は修理もしなければならないと思いますが、もうしばらくは『スーパーカブ耐久チャレンジ』は、このままで進めていきたいと考えておりますので、宜しくお願い致します。

 

 『スーパーカブ』に使用するエンジンオイルに関しては、このブログ的に考えれば『ウルトラG1 10w-30』か『ウルトラG2 10w-40』のテストしか実施していないので、他に出て来る結論はありません。

 20万キロを超える現在まで、上記に記載した性能を維持しているのですから、何も問題はないと管理人は考えています。

 大切な事は、キチンと定期的にエンジンオイルを交換してやる事だと思います。

それから、使用するエンジンオイルの分類は、『オイル編その一』にも書いてありますが、API規格で『SL規格』以上のものは、『スーパーカブ』には向かないと思いますので、お気をつけ下さい。理由は、『SM』及び『SN』に入っている添加物(主に環境特性に配慮したもの)は、二輪車には不要なものだからというのが理由のようです。実際に本田技研工業が販売しているエンジンオイルは、全て『SL』規格です。

 あとは、取扱説明書に書いてある通り、『MA』で『10w-30~40』であれば問題ない筈です。

 

 それでは、今日も長々とお読み頂き、ありがとうございました。

 

 あなたの素敵な愛車に、良いエンジンオイルが見つかる事を祈っております。

 

                                    管理人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年2月 カブ吉くん 近況報告

 皆さまこんにちは、スーパーカブ耐久チャレンジの管理人です。

 

 1月末にバッテリーの突然死に見舞われたカブ吉くんですが、ジョニーさんと吉村さんの見事な対応によって、1日も休むことなく走り続ける事が出来ました。

 吉村さんのお店から数日間借りていた4アンペアのバッテリーは、容量こそJA07型スーパーカブの6アンペアに劣りますが、そんな事は一切関係ないようなとびっきりの元気さで、カブ吉くんに電気を供給してくれていました。

 その4アンペアのバッテリーは、いつもの国道246号線のアップダウンが続く区間でも、今まで以上にグイグイとカブ吉くんを上り坂で押し上げてくれます。

 

「……吉村さん、絶対このバッテリーに何か入れてんな……」

 

 ジョニーさんが、何やらまた訳の分からない事を言っていますが、バッテリーが元気だと、車やオートバイは本当に気持ちよく走ってくれる事を思い出させてくれます。

 従来からあった開放式のバッテリーと比較して、最後まで性能の低下が少ないと言われているVRLA(制御弁式)バッテリーですが、やはり長く使用しているとじわりじわりと性能低下は起こっているものなのですね~。

 

 その小さいながらも力持ちな4アンペアバッテリーの走りを数日楽しんでいたところに、ようやくカブ吉くんに搭載する新しいバッテリーが到着しました。

 

黄緑色の箱がカッコイイ 《 FTZ7S 》 です。

 

 あれ? 何だか微妙に違う気がしませんか? 以前に掲載した記事の中でジョニーさんは、

『最近何だかバッテリーが弱くなってきたような気がするが、次も純正のYTZ7Sにする予定だ』

くらいの事を言っていたと思うのですが、気のせいでしょうか?

 

吉村さんがすかさず突っ込みます。

「ジョニーはいつも、『耐久性の確認の為には基本的には純正部品を使用する』って言ってたよなぁ~? それなのに、今回はどういう風の吹き回しでそうなっちまったんだ?」

 

「う~ん、別にそんな大層な理由がある訳じゃないんだけどね~。まぁ『YTZ7S』も2個使ってみて、それぞれ10万2千キロと13万6千キロ走ったからねぇ、今度はちょっとタイ製もいいかな~? なんて、ふと思ってさ~」歳の割には、相変わらず軽いノリのジョニーさんです。

 

「ほう~、古河電池の『FTZ7S』はタイ製なんだ~、まぁ最近は本当に海外生産の部品が増えたからなぁ。でも、カブ吉に純正で付いているGSユアサの『YTZ7S』は、いまでは結構珍しくなった日本製なんだよな。しかし、いろいろあり過ぎて、とても覚えてらんねぇな……。ちなみに、現行のJA44型スーパーカブについている純正バッテリーは、ベトナム製のGSユアサ『GTZ4V』だけど、ジョニー知ってたか?」吉村さんがニコリとしながら、ジョニーさんに教えます。

 

「えぇ~、現行の4アンペアのバッテリーは、同じユアサでもベトナム製なんだ~? もう、何が何だか訳が分からないね~。でもさぁ、『FTZ7S』の話しに戻すけどさぁ、適当に選んでるみたいに見えるけど、俺は今回、カブ吉とバッテリーとの相性を真剣に考えた上で、あえて古河電池製のバッテリーを選択しているっていうのもあるんだよ」 ジョニーさんは、若干ドヤ顔気味で吉村さんに話します。

 

「そんな事言ってるけど、どうせジョニーの事だから、『カブ吉のエンジンはタイ製だからさ~、バッテリーも同じタイ製の方がしっくりいくかも~』くらいの事で決めたんじゃねぇのか~?」さらりと吉村さんは切り返します。

 

「・・・」 ジョニーさんは、何も言いません……。

 

 

 そんな二人のやりとりはおいといて、バッテリーが新しくなったカブ吉くんは、2月の東京都心から多摩地域、神奈川県の県央地域を中心に快調に走り回っておりました。 

 ちょうど距離が24万キロになったのもあり、それに合わせてエアクリーナーエレメント、プラグ、エンジンオイルの交換が行われ、1万キロ整備も同じタイミングで実施されました。

 通常であればスイングアーム関係の清掃と給脂に、ドライブスプロケット廻りの清掃が加わるくらいの感じなのですが、今回は何となく雰囲気が違います。と言うのも、カブ吉くんのバッテリートラブルが発生するタイミングと前後して、ジョニーさんが、

 

「吉村さ~ん、カブ吉のドライブチェーンがジャラジャラとうるさくって、もう我慢出来なくなってきた~」などと、結構ひんぱんに騒いでいたのです。

 

「そうしたらジョニー、とうとう前後スプロケットとチェーン一式交換だな~。いや~、長かったな~。でも、純正の420Dで良くここまで持ったもんだな、本当にびっくりしちゃうよ」吉村さんは、感心しきりです。

 

「ドライブチェーンはそんなに伸びてる訳じゃないから、使おうと思うんだったら、まだまだ使えると思うよ。たぶん、30万キロもいけるんじゃないかな……。でもさぁ、とにかくここの所ジャラジャラと本当にうるさいんだ。加減速の時は気にならないんだけど、速度が一定になると、もうダメ~、我慢出来ない」ジョニーさんは、続けます。

「前後スプロケットは、まだまだ大丈夫なんだけど、どうせチェーン変えるなら、当たりの問題もあるから交換だね。それに、チェーンも今回は強化タイプに変更するしね」

 

 ジョニーさんは、何やらいろいろと考えていたようです。それを聞いた吉村さんが、今度は口を開きます。

 

「おっ、なんだ純正の420Dじゃないんだ。ジョニー、これで24万キロまで走って来たんだから、あと14万キロくらいなら純正でいいんじゃねぇのか~」

 

 吉村さんは、純正を押してきます。しかし、ここでジョニーさんは、またとんでもない事を言い始めます。

 

「何言ってるのよ吉村さ~ん。月まで行ったら、今度は地球に戻らなきゃだめでしょう。38万4千キロの倍だから、約77万キロだとすると、強化タイプに今回替えたにしても、あともう一回どっかで替えないと地球には戻れないんだからね……」

 

吉村さんは、あんぐりと口を開けてジョニーさんを見つめていました。そんな吉村さんを見たジョニーさんは、更に言葉を続けます。

 

「そんな驚かなくたって大丈夫だよ、吉村さん。それが出来るとすれば、それは俺らの子供たちの世代だからさ~。とか……何とか……、まぁ、そんなふうに言ってはいるけど、本当に子供たちが親のやってる事に興味を持って『いいよ、やってみるよ』なんて簡単に言うかどうかも分からないしねぇ……、それにカブ吉にしたって、その時点で地球に戻るだけの力がはたして残っているのかどうか、こっちも分からないしなぁ……。いずれにしても、俺が出来る事は、目の前のカブ吉をしっかりとメンテナンスしてやって、毎日ちゃんと乗ってやる事だけしかないってことだわな~」

 

 ジョニーさんはそう言った後に、吉村さんに自分の考えていた部品の発注を始めました。

 そして、その新しく発注された部品たちは、数日後には吉村さんのお店経由でジョニーさんに届き、『24万キロ整備』の中で、今まで頑張って機能を続けてきた結果、消耗してしまった部品たちと交換されていきました。

 

 バッテリー、前後スプロケット、チェーン以外にも交換されたものは、三つあります。

 一つ目は、前から今一つ接触の悪かった『スタータスイッチ』です。バッテリーの不具合が出たタイミングで部品発注していたので、今回の『24万キロ整備』の中で交換となりました。

 ジョニーさんがカブ吉くんを始動する際のキックとセルの割合は、大体半々くらいです。でも、普通のライダーだと、やはりセル始動が主流なのではないでしょうか?

 ジョニーさんは、走り始めてすぐに目的地に着いてしまう事が分かっている場合などは、ほとんどキックスタータを使ってエンジンを始動します。それ以外の30分以上の走行が可能な場合などは、比較的スタータスイッチを押してエンジンを始動している事が多いようです。

 何故、ジョニーさんはそんな風に始動方法を分けているのか考えてみると、『せっかくキックスタータが付いているのだから、少しでもそれを使って、カブ吉のバッテリーやスタータモータの負担を減らしてやろう』という、親心みたいなものなのかもしれません。

 しかし、それでも20万キロを超える距離を走って来ているので、スタータモータを使ってエンジン始動している回数は、相当な数になる筈です。そして、その回数と同じだけ間違いなくスタータスイッチも押されています。そのたびに、スタータリレーを働かせる為に微弱ではありますが接点に電流が流れます。

 新品のスイッチの接点は2mmくらいの高さがあるのですが、取り外された古いスタータスイッチの銀色の接点を見てみると、半分の1mmほどの高さしかありません。

 たまにジョニーさんがスイッチを押しても、うんともすんとも言わない時があったりしたので、当然、接触面も荒れているはずです。

 ジョニーさんは、そんなスタータスイッチを見つめながら、口では何も言いませんが、とても優しい眼差しで交換作業をしていきます。

 

 二つ目は、『ダンパラバー』になります。

 ジョニーさん的には、もう少し使えそうな気もしていたのですが、せっかく駆動系一式を交換するのですから、何だか切ない話しですが、これも変えておかないと、他を変えた効果が分からなくなると言う事での交換です。

 現在まで使っていた『ダンパラバー』は、11万3千キロで交換したものなので、12万7千キロを使用した事になります。

 新車から付いていた部品を上回る距離を走っている割には、シフトチェンジ時のショックも、まだまだうまく吸収してくれていたので、ジョニーさんは何か申し訳ない気持ちになってしまいます。

 

 そして、最後の三つ目は『リヤ・ブレーキカム』です。

 この部品は、前回リヤタイヤを交換した後に発注した部品なので、去年の5月にはもうジョニーさん手元にありました。

 カブ吉くんのリヤブレーキシューは、現在リヤに履いているG556の交換とほぼ同じタイミングで交換されます。距離数にすると、おそらく2万キロから2万5千キロの間です。

 そんな感じで考えてみると、もう10SETくらいのリヤ・ブレーキシューを交換して来ているのかもしれません。また、前からたまにお話ししていますが、ジョニーさんはカブ吉くんのコントローラブルなリヤブレーキが、大のお気に入りです。今まで乗って来た、どのマシンのリヤブレーキよりもカブ吉くんのリヤブレーキのフィーリングが気に入っています。そうなると、当然スロットルでは出来ないちょっとしたスピードコントロールは、ほとんどがリヤブレーキで行われます。『ブレーキカム』大活躍です。

 ブレーキペダルを踏み込むと、ブレーキロッドを経由してこの『ブレーキカム』が回転し、ドラム内にある左右のブレーキシューを押し広げて、リヤに制動力が発生します。

 ジョニーさんは、何回か前のブレーキシューの交換のあたりから、リヤブレーキが割合直ぐに遊びが大きくなってしまう事が多くなったように感じていました。また、ウエアインジケータの示すブレーキシューの残量位置も、交換を指示する△印に近づいて行くまでの時間が、短くなったように感じていたのです。

 そして、前回のリヤタイヤ交換の時に、吉村さんが残念そうに言ったのです。

 

『失敗したなぁ、ブレーキカムを頼んでおけばよかったなぁ~。ブレーキシューとの接触面が、こんなに減ってるとは思わなかったな~。ジョニー、次回は交換するからな』

 

すると、ジョニーさんは

『やっぱり、そんなに減ってたんだ……。吉村さん、そうしたらブレーキカムだけ頼んでおいてよ。どうせ、どっかでリヤタイヤ外して整備したりする事があれば、その時に一緒にやっちゃうからさ』と、吉村さんにジョニーさんは言ったのです。

 

 そして、ようやく8か月を経過して、今回の交換となりました。決してそんなに難しい整備ではないのですが、最後にブレーキシューをはめるのが、かなりの力技になるので、ここ数年右手首を痛めているジョニーさんとっては、結構辛い整備となりました。

 しかし、交換後の走行チェックでは、そんな痛みも忘れるほどのフィーリングを味わう事が出来ました。

 『ブレーキカム』1本の交換で、あの踏力に応じたジワリとしたブレーキタッチが戻ってきたのです。これだから、整備はやめられません。そして、いつもの一言、

 

『こんな事なら、もっと早く交換しておけば良かったな~』ジョニーさんは、呟きました。

 

 それ以外の部分も、みんな大成功です。特にドライブチェーンは、全く音がしなくなりました。逆に、今まで気にならなかった、エンジンのカムチェーンの音の方が気になるくらいです。

 

 今月の近況報告は、なんだかメンテナンス記事のようになってしまいましたが、こういう時も、たまにはあるのだと思います。

 多少お金はかかりましたが、しょうがありません。その分、カブ吉くんがとてもいい状態になってくれたので、それが一番うれしいジョニーさんでした。

 

 俄然、走る事が気持ちよくなったジョニーさんとカブ吉くんですが、来月はいよいよカブ吉くんがマフラーから煙りを噴き始めて一年目になります。

 そっちの方の症状は、この時期は少し治まってはいるのですが、暖かくなってくるとまた再発する恐れがあります。

 そこら辺の兼ね合いの部分はありますが、こんなに駆動系の状態のいいカブ吉くんも、大変久しぶりでございます。

 近所の梅たちも満開で、気候もだいぶ良くなってきたタイミングでもありますので、ひょっとすると来月辺りは、3月にはめったに行く事のない『ツーリング』などに、ジョニーさんたちは出掛けて行く事があるかも知れません。

 

 それでは、皆さま本日は長々とお付き合い頂き、ありがとうございました。

 

                                   管理人

 

2020年2月末現在 全走行距離 240,790km

(2月走行距離 2,098km 燃費 53.44km/ ℓ 

月まであと 143,610km

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2018年 カブ吉くん走行データをアップしました

  皆さまこんにちは、スーパーカブ耐久チャレンジの管理人です。

 

 2012年から2015年まで4年間続いていたゴールデンウイークを利用した宿泊ツーリングも、2016年と2017年はジョニーさんの仕事の関係で中断してしまいました。

 しかし、2018年はそのうっぷんを晴らすかの如く、3回の宿泊ツーリングが企画実施されましたで、ここで簡単にご紹介したいと思います。

 

 まず、最初に実施されたのは、いつものゴールデンウイークを利用した6泊7日の『四国西側ツーリング』です。

 なんか変なネーミングですが、ジョニーさんがいつも通りのいい加減な計画を立ててしまったので、『当初は一周する予定だったが、時間が足りなくなって西側半分しか廻れなかった』という事で、このネーミングになったようです。

 四国へのルートは、当然『耐久チャレンジ』の基本理念である『走って行けるところには、走って行け!』に従い、往きも帰りも陸路の『しまなみ海道』を選択。

 全行程の走行距離は2,610kmで、平均燃費は59.32km/ℓ という結果が出ています。1日あたりでは約370kmを走行しているので、そういう意味では、『走る事を重視』したツーリングだったと考えてもいいかも知れません。

 

 次は、5月27日から6月1日に掛けて実施した『東北太平洋岸ツーリング』です。このツーリングは、5泊6日で『東日本大震災』の被災地を廻り、最終的には下北半島も一周してくるというツーリングとなりました。

 ジョニーさんとカブ吉くんは、2013年にも被災地を巡るツーリングを実施しています。ジョニーさんの心の中では、今後も不定期ではありますが、この『東北太平洋岸ツーリング』は、継続的に実施していくつもりのようです。

 

 走るルートは、今回は東京から国道6号線を一気に下っていくルートが選択されました。千葉県を抜け、利根川を渡って茨城県に入ります。霞ヶ浦を右手に眺めながら、水戸市日立市へとどんどん駆け抜けて行きます。そして、高萩市から北茨木市まで来ると、東北の玄関口である福島県の『勿来(なこそ)の関』までは、もうあと一息です。

 

 この国道6号線は、通称『陸前浜街道』とも言われております。茨城県水戸市あたりまでは、決して走りやすい道路ではないのですが、ジョニーさんはこの『陸前浜街道』の呼称が大好きです。

 昔は、福島県小名浜港に水揚げされた水産物を積んだ多くのトラック達が、真夜中の『陸前浜街道』を煌々とヘッドライトで照らしながら、築地を目指して爆走しておりました。ジョニーさんは仕事で日立や高萩方面に向かう時、そのトラックの大群とよく早朝にすれ違っていたそうです。

 綺麗なアルミバンに、黒字を赤く縁取った勇ましい飾り文字で、大きく『小名浜港』などと書かれたトラック達が、今でもとても印象に残っているそうです。

 東北地方のトラックは、関東より西側の地方のトラックと比べると、カラーリングがとても派手なような気がします。シャーシーの部分が真っ赤に塗られているようなトラックは、西の方ではあまり走っていません。当然、塩カル対策の意味もあるのですが、一年の数か月間を雪と共に生きる東北の人々の『内に秘めたるパワー』を、ジョニーさんはそんな所にも感じてしまいます。

 

 そして、今では考えられない事ですが、その当時は茨城県日立市高萩市などにつながる高速道路はありませんでした。それこそ、その頃の日本には、まともな高速道路は『東名高速』と『名神高速』くらいしかなかったのです。

 中央自動車道は、かろうじて首都高速とはつながっていましたが、西側は勝沼までしか出来ていませんでしたし、その先は、韮崎と小淵沢が一部開通しているくらいでした。(名古屋方面からは、恵那山トンネルを越えて伊北のあたりまではつながっていた気がします)

 東北自動車道は、岩槻から宇都宮が出来た後、小間切れに開通しながら、かろうじて仙台を越えた古川のあたりまではつながっていたと思います。

 でも、こちらは中央自動車道とは違い、首都高速とはまだつながっていなかったので、ジョニーさんは東北自動車道を利用する時は、大体が久喜インターチェンジで乗り降りをしていたようです。

 また、関越自動車道にいたっては、練馬と東松山しかつながっていませんでしたから、あまり使う車もいませんでした。ましてや常磐自動車道などは、その時点では、影も形もなかったのです。

 ですから、茨城県日立市高萩市方面に仕事で行くのは、当時は結構大変なことだったのです。午前2時くらいに出発しないと、朝一番に日立市に着かないのです。ほかの道路の選択肢もあまりないので、『陸前浜街道』がやっぱりメインとなります。

 真っ暗な『陸前浜街道』を、たくさんの大型トラック達がグリーンの速度表示灯(今は速度表示灯はありません。当時、大型貨物車は中速車指定で、法定速度は50km/hでした。ちなみに、原付を除く250cc未満の二輪も中速車でした)を3個フル点灯して爆走している様は圧巻でした。違反ですが……。

 そんなジョニーさんの大好きな『陸前浜街道』ですが、2011年の福島第一原子力発電所の事故を境に、帰宅困難区域を通る部分が長い間通行止めになってしまいます。

 2014年9月に四輪車のみ通行が出来るようになりましたが、その後も二輪車や自転車は通行禁止が続けられていました。

 このツーリングの時点で、震災発生からすでに7年の歳月が流れています。そして、一時に比べれば、震災関連の報道はぐっと数が少なくなっている感じがします。ジョニーさんの中では、あの未曾有の大惨事が、人々の記憶から薄れて行く事だけは断じてあってはならないという思いが強くあります。

 そして、その国道6号線の富岡町にある『二輪車通行禁止』区間の始まるところまで行ってみたいという思いもあり、今回のルートが決められました。

 

 5月27日(日曜日)の朝6時から走り始めて、その日の午後にようやくその『二輪車通行禁止』場所までたどり着きました。ジョニーさんとカブ吉くんは、国道6号線の『月の下』交差点を左折してすぐに停車します。建物を見ると掲示物の一部から、その建物が『東邦銀行富岡支店』だったのが分かります。

 ジョニーさんとカブ吉くんの立っているこの県道112号線を境にして、北側は『帰宅困難区域』に指定されているので、目に入って来る家々に居住されていた方々は、現在はおられません。

 ジョニーさんは、今回のツーリングに持参している『家庭用放射線測定器』をおもむろに取り出し、その地点の放射線を測定し始めます。

数分後『0.36μ㏜/h(マイクロシーベルト)』の値が出ます。これは、一時間当たりの放射線量なので、年間に換算すると約3.2m㏜(ミリシーベルト)になります。一般の方の放射線被ばく量は1m㏜(ミリシーベルト)と以下と法律で定められていますので、その約3倍になります。

 ジョニーさんは放射線測定をしながら、

『この県道を境にして、北側は帰宅困難区域に指定されているけど、南側はされていないんだよな……。でも、道路を境にして、反対側の指定されていない区域の放射線量が激減している訳じゃないからな……』などと、何やらぶつぶつと言っております。

 ふと気が付くと、そんなジョニーさんを遠巻きに、かつては人に飼われていたのではないかと思われる数頭の野犬たちが集まって来ています。それに気が付いたジョニーさんは、素早く再スタートの身支度を済ませ、カブ吉くんに跨り、再び走り始めました。

 『帰宅困難区域』を右手に見るようにしながら、大きく山側に廻り込む迂回路を走って行きます。その途中々々に建っている家を見ると、カーテンが半開きになったままで、住んでいる人の気配が感じられないような家々が散見されます。

 普段なら、気になる場所があればジョニーさんはすぐにカブ吉くんを止めるのですが、今回はそうもいきません。さっきからずうっと付いて来ている野犬たちが、じわりじわりと数を増やしながらジョニーさんとカブ吉くんの動向に注目をしているようなのです。

 ジョニーさんも結構日本各地を走り回っていますが、こういう緊張をする場所はあまりありません。ジョニーさんは、何とも言葉に出来ない複雑な気持ちになりました。

 

 その後、このツーリングは5日間続き、全行程で2,169kmを走りました。そして、このツーリングの尻屋崎に向かう途中で、カブ吉くんは『200,000km』を通過したのです。若干、気温の上がらず肌寒い日が多かったせいか、平均燃費はあまり伸びずに、57.9km/ ℓ という結果でした。

 

 最後は、11月2日~4日の二泊三日で実施した『羽黒山ツーリング』です。

このツーリングは、ジョニーさんが前から観たがっていた『羽黒山五重塔(国宝)』を観に行く為のツーリングです。

 『羽黒山五重塔』は、明治維新から現在に至るまでの150年間、塔の内部が一般公開された事はなく、今回が初めての一般公開となるものです。

 ジョニーさんは、本当はもっと早い時期にツーリングを実施したかったのですが、仕事の都合がなかなかつかず、結局一般公開(11月4日まで)が終了する間際のツーリングとなってしまいました。

 しかし、全行程で1,000kmの短いツーリングでしたが、この時期になかなか宿泊ツーリングを実施した事がないので、朝霧の中を、きらきらと朝陽を浴びながら走行する場面があったりと、短いながらも印象に残るツーリングとなりました。

 

 結局、2018年は一年間で26,212kmを走行致しました。その内の、約6,000km弱が上記三つのツーリングとなりました。

 ジョニーさんとカブ吉くんにとっても、楽しい一年だったのではないかと、管理人は思います。

 また、それぞれのツーリング内容も、別の機会となりますが、どこかで詳しくお伝えする事が出来ればいいなと思っております。

 

                                   管理人 

 

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2020年1月 カブ吉くん 近況報告

 皆さまこんにちは、スーパーカブ耐久チャレンジの管理人です。

 

 いよいよ新しい年が始まりました。皆さまにとっては、どのようなスタートの一ヶ月になりましたでしょうか? 

 ジョニーさんとカブ吉くんの走行状況は、1月中旬くらいまでは昨年の12月に引き続き、あまり寒さを感じる事なく過ごせる日が多かったので、その間は比較的穏やかなライディングが楽しんでいたようです。とは言っても、今年も去年と同じで『〇〇〇新春ツーリング』などと言う、年末年始を利用した趣のある行事は、全く実施される事はありませんでした。

 しかし、1月も下旬が近づいて来たあたりで、気象庁が雨や降雪の予報を出した事をきっかけに、通常はこの時期降雨も少ないので、スルーしがちになってしまうスリップサインの出始めていたカブ吉くんのフロントタイヤの交換を、ジョニーさんは急遽実施する事にしました(ツーリングに行く為ではありません。滑って転びたくないだけだと思いますが……)。

 雪が降ってしまうと、さすがのジョニーさんもカブ吉くんに乗るのをやめてしまうのですが、雨や霙交じりくらいの天気だと、普通に出掛けて行きます。ただ、やはり溝のないフロントタイヤでのライディングは、あまり気持ちのいいものではないので、この予報が出たタイミングでの交換となりました。

 これでフロントタイヤは、9本目の交換となります。当然、いつもようにフロントフォークオイルの交換も、併せて実施となりました。

 せっかくフロント廻りを外したのですから、ついでにいろいろな部分を点検して行きます。

 まずブレーキシューですが、167,000kmで交換して約7万キロを走行しておりますが、全く問題はありません。恐らくあとタイヤ二本分、距離にして約5万キロくらいは大丈夫なくらいシュー自体の残量がありました。

 ホイールベアリングの回転にも問題はなく、メーターギヤのグリスも充分に残っています。フロントフォークに入っているフォークスプリングの長さも、315mm弱の長さがあり、ほとんど13万3千キロ時に計測した値と変化がありません。

 バイク便などで使用されている250cc以上のマシン達は、やはり20万キロを超えて来ると、重量の関係からかホイールベアリングを粉砕してしまうマシン達が増えて来るのですが、カブ吉くんにその兆候は見られません。こういう部分では『軽量である』という事は、本当に重要な要素であることが分かります。

 また、このタイヤ交換の時には、エンジンオイルも一緒に交換しています。こちらも12月の交換と同じく、G2(10w-40)への交換です。先月は、交換から交換までの間に、エンジンオイルを補給する事はなかったのですが、1月は100ccほどの補給が必要となりました。気温的にそれほど暖かく感じていた訳ではないのですが、今月は信号で停車している時に、たまにオイルの焼ける臭いを感じる事がありました。

 きっと、その辺は非常に微妙な問題があるのだと思います。『寒い時期は一切オイルが減らない』というようになってくれれば、どれだけ気持ちが楽になるのかと考えると、ちょっとジョニーさんは悲しい気持ちになってしまいます。でも、こればかりはカブ吉くんも機械なので、修理をしない限りは絶対に直る事はないのです。

 

 このまま、何事も起こらずに1月も終わるのかと思っていた1月29日に、その出来事は起きました。

 その日、神奈川県の県央地域で仕事を終えたジョニーさんとカブ吉くんは、大分西側に傾き始めた太陽を背に受けながら、家路を急いでおりました。

 国道129号線を上り込み橋本を経由し多摩センター方面に向かっていた二人は、微妙に燃料が足りなそうな雰囲気を感じ取り、こちら方面に来た時にちょこちょこ給油する南大沢のガソリンスタンドに入って行ったのです。

 

 「191km走って、3.73 ℓ 入ったか……。って事は……、約51km/ℓ しか走ってないじゃん……」ジョニーさんは、カブ吉くんを不満げな目つきで見つめます。

『え~っ、僕のせいじゃないよ~。ジョニーが少しスロットルを開けすぎなんだよ~』カブ吉くんは必死に弁解をしています。

「まぁ、しょうがないか……。ともかく、ここからは少しゆっくり帰ろうかな」ジョニーさんはそう呟いた後、メインスイッチを入れ、スロットルグリップの脇にあるスタータスイッチを右手の親指で押し込みます。

「……、ぅうん、なんだ~?」ジョニーさんは、びっくりしました。

本来ならスタータモータによってエンジンが始動するはずなのですが、スタータモータは全く回転しません。それに、先ほどまで煌々と点いていたはずのニュートラルランプまで消えてしまっています。

「どうなっちゃてるの~」などと言いながら、スタータスイッチを使って始動を試みるジョニーさんですが、カブ吉くんはうんともすんとも言いません。メインスイッチを切ったり入れたりしてもダメです。ニュートラルランプは全く点かず、PGM-FI警告灯が細かく瞬きをするように微かに点いています。

 しかたなくジョニーさんは、カブ吉くんを給油ポンプの前から他の人の邪魔にならない場所に移動します。

『まずはヒューズの確認をしてみるか……』

 そう考えたジョニーさんは、右サイドカバーのビスを10円硬貨を使って緩めます。次に、ヘルメットホルダー近くに留められているトリムクリップを外します。そして、サイドカバーの内側にある15Aのメインヒューズと10Aのサブヒューズの両方を確認します。

「全然、切れてないじゃん……。どういうこと~……」ジョニーさんは困惑しています。

 

 その後、ジョニーさんは吉村さんに電話を掛けて、いろいろなアドバイスを受けたようです。

 カブ吉くんには、電気がまともに流れていない状況ではありますが、キックスタータを使用すれば、エンジンがなんとか掛かかる事が分かりました。ウインカーランプなどは、うっすらとしか点かなかったりしますが、なんとか気を付ければ走行する事が出来そうです。ジョニーさんとカブ吉くんは吉村さんのお店を目指して、『明るいうちに出来るだけ帰ろう』と、再スタートを切りました。

 走行を始めてしばらくの間は、ウインカーもまともに作動しない為、ジョニーさんは手信号を使いながら、進路変更をしたり減速をしたりして走行を続けます。しかし、聖蹟桜ヶ丘の手前辺りまで戻って来た時に、何気にニュートラルランプが煌々と点いている事にジョニーさんは気が付きました。

「あれ~、なんかさっきより元気になったみたいな感じだぞ……」ジョニーさんは、試しにウインカースイッチに指を掛けてみます。

『カチッ…カチッ…カチッ』規則的なウインカリレーの音と、正常に点滅するウインカーランプが確認できます。

「なんだか訳わからないけど、直ってるみたい……」ホッとするジョニーさんです。

「また壊れないでくれよ~、カブ吉~。吉村さんのところまで頑張ってくれ~」

 

 吉村さんのお店に到着した後、ジョニーさんと吉村さんで、スタータスイッチを交換してみたり、バッテリーを再充電してみたり、いろいろとやってみたのですが、すぐに原因は特定する事が出来んませんでした。

 しかし、一つだけどうしてもおかしな事があったのです。それは、カブ吉くんに付いているバッテリーが、無負荷だと13ボルト付近を表示するのですが、スタータスイッチを押した瞬間に、6ボルト付近まで急降下してしまうのです。通常ではありえない事です。その状況を、デジタルテスターを使って確認した吉村さんが口を開きます。

「ジョニー、これはたぶん『バッテリー突然死』ってやつだな……。ちょっと一回、ほかの元気なバッテリーに変えてみるか」吉村さんは、言うが早いかすぐに作業に取り掛かります。

 最初にバッテリ(-)ケーブルを取り外し、次にバッテリ(+)ケーブルを外します。サービスチェックカプラをバッテリケースカバーから外して、ケースを固定しているスクリュ2本を取れば、バッテリーはもう外せる状態になります。

「カブ吉の純正の『YTZ7S』は今ないから、この4アンペアのバッテリーを使ってみるか」などと言いながら、吉村さんはバッテリーの入れ替えを進めます。

「JA07型のバッテリー『YTZ7S』は6アンペアだけど、今走ってるJA44型は4アンペアだからな。一時的なら、何の問題もないだろう。スタータモータも普通に回ると思うぞ」と、吉村さんが言い終わる頃には、バッテリーの交換は終了していました。

「ジョニー、スタータスイッチを押してみてくれ」吉村さんが言います。

「うん、わかった。押してみるね」ジョニーさんはそう言いながら、右ハンドルカバーの中に右手を突っ込みます。

『キュルキュルキュル』と軽やかにスタータモータが回転し、カブ吉くんのエンジンは始動しました。

「やっぱり、バッテリーが原因だったな」吉村さんが頷きなが、ジョニーさんに話しかけます。

「本当だね、でも勘弁して欲しいよな……。燃料入れるのにスタンド入る前までは、何の不調もなく元気に走ってるんだよ~……。それで、燃料入れ終わって出ようと思ったら『バッテリー突然死』って、……そんなの、分からないっつうの……」ジョニーさんは不満顔です。

 

 現在カブ吉くんは、その4アンペアのバッテリーを仮搭載して、新しい6アンペアのバッテリーが来るのを待っているところです。

 バッテリーメーカーの話しを聞くと、製造設計的には10年は持つ計算で製品は造られているらしいのですが、カブ吉くんで使用されたバッテリーはそんなに持ちませんでした。

 使用環境的には、ほぼ毎日走っているので、悪い環境ではないはずですが、少し走り過ぎている感じがしないでもありませんので、設計寿命の10年を迎えられるような、ほどよい環境ではないのかもしれません。

 新車から付いていたバッテリー『YTZ7S』は、約4年3ヶ月、10万2千キロで交換しました。そして、今回ダメになった『YTZ7S』は、約5年4ヶ月で約13万6千キロです。なんだか、やっぱり納得出来ない感じのジョニーさんです。

 そんなジョニーさんの気持ちを察したかのように、吉村さんが口を開きます。

「そう言やぁ、年間5~6万キロは走るバイク便のマシン達に付いてるバッテリーも、大体2年に1回は換えてたなぁ~。そうやって考えてみると、容量の小さいバイク用バッテリーってのは、10万キロくらいしか持たないのかもしれねぇなぁ~。13万キロ走ったカブ吉のバッテリーは、充分持った方じゃねぇのかなぁ~」

「……、そうかもね。こんな小さい6アンペアのバッテリーだもんね……」

ジョニーさんは、カブ吉くんから外された『YTZ7Sバッテリー』を、じっと見つめていました。

 

 さて、新しい3個目のバッテリーを付けたカブ吉くんの2月の走りは、一体どうなるのでしょうか? 皆さま、お楽しみに!

                                   管理人

 

2020年1月末現在 全走行距離 238,692km

(1月走行距離 1,944km 燃費 55.23km/ ℓ )

月まであと 145,708km